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第一部 聖剣とろくでなし
41、そこをどけ
しおりを挟む扉が吹き飛んだ。
怒号と悲鳴。邸全体に振動が伝わる。
自室で考え事をしていたトリヴィスは、何事かと部屋を飛び出す。
使用人達が逃げ惑い、あるいは騒ぎの起こった方へと向かっていく。嫌な予感に胸をざわつかせながらトリヴィスも早足で急いだ。
「旦那様、トリヴィス様、危険でございます」
「襲撃者は誰だ」
ここは王都にある邸宅だ。貴族の屋敷が建ち並び、当然だが治安は悪くない。加えて侵入者対策として、何重にも高度な防犯魔法が張り巡らされている。防壁もそう簡単に破れるものではなかった。
誰だと問いながら、答えは求めていなかった。こんなことをする人間は一人しかいないではないか。
侵入者と対峙した使用人が一人、また一人と吹き飛ばされる。
壁や家財は燃え上がり、崩れて大穴が開いていた。
そこに立つ若者は凄惨な目つきをして、こちらを睨みつけている。
トリヴィスはそこに兄の面影をさがしたが、どこにも見つけられなかった。あの子供は、兄にちっとも似ていない。
兄はエデルルークの長子として、至極まともにその役目をまっとうしていた。出来が良く、人格者だった。
だからこそ、今もってわからない。
何故あのようなことをした? 何故この子供をこの世に残した。
エデルルークは古く、由緒正しい、特別な貴族だ。一族の間で、血筋について、どれだけ厳しい考えがなされているか知っていたはずである。
その娼婦を愛していたのだろうか? どうして産むのを許した。どうして名前をつけた。
そして、どうしてほうっておいたのだ。
答えはもう得られない。
目を血走らせ、憎悪を満身に漲らせたその若者が、トリヴィスの甥が、今こちらに牙を向こうとしている。
レーヴェにとって、防壁魔法を破るのなど容易いことだった。
聖剣を使えば魔法の壁など、あってないようなものである。
王都にある貴族の邸宅ともなれば、警備の者が置かれている。レーヴェは躊躇なく衝撃波を放ち、エデルルーク邸の警備をしている二人の人間を吹き飛ばした。
いつそうなったのか知らないが、魔法を封じる足輪は外れてなくなっている。それに気づいたのは、魔法を使った後だった。
豪奢な扉も破って吹き飛ばす。強風にあおられた木の葉のように飛んでいった。
この建物に自分は住んでいたはずだが、懐かしさなど露ほどもない。見覚えはあるが、初めから終わりまで異物だったレーヴェには、欠片も親しみが感じられないのだ。
何人かが、剣を抜いて向かってくる。前からいた奴か新顔なのかもわからない。
剣で殴打して排除する。向かってきた男は壁に叩きつけられた。
「レーヴェルト様! お引き下さい!」
名前を覚えている奴もいたようだ。一応は貴族の血を引いているから、渋々「様」なんて付けて呼ぶらしい。さすがお行儀が良い。
その誰かの後ろから、魔法の心得があるらしい者が魔法弾を飛ばしてくるから、何倍にもして返してやった。
ついでに辺りに火をつけた。燃え上がる様は、昨晩見た光景に似ていて既視感を覚える。
「レーヴェルト」
聞き覚えのある声に目を上げると、叔父のトリヴィスが険しい顔をして見下ろしていた。
「どこにいる?」
レーヴェが静かに問う。
トリヴィスはレーヴェの顔と、ついで手にした聖剣に目をやった。
「何をしているのだ」
「あの女はどこにいる」
「あの女?」
「お前のカミさんだよ。アリエラを出せ」
トリヴィスは目の前に広がる惨状を確認しているらしい。倒れた使用人を助けるように別の者に指示を出し、またレーヴェの方を向く。
「どういうつもりだ、レーヴェルト」
「あんたは引っこんでろ。話があるのはあのババアだ」
「アリエラを殺しに来たのか?」
「そうだ。殺される前に殺す。当然だろ」
使用人が駆け寄り、トリヴィスに剣を手渡す。トリヴィスはその男に「王宮からシェンネン達を呼び戻せ」と呟いた。
シェンネンというのはエデルルークお抱えの魔術師である。長く仕えているので、レーヴェも顔と名前は知っていた。今は仕事でここを離れているのだろう。
「剣を置け、レーヴェルト。自分が今、何をしているかわかっているのか。お前は我が一族の家宝で、とんでもない暴挙をはたらいているのだぞ」
「この道具はな、俺を選んだんだ。俺のものだ。どう使おうが勝手じゃねぇか。悔しかったら取り上げろよ。そして使ってみろ。使えねぇ奴らは引っこんで指でもくわえてろ、クソ野郎が」
レーヴェが歩き出すと、トリヴィスは足を開いて剣を抜いた。
「そこをどけ」
「剣を置くんだ」
「どけって言ってんだろ!」
レーヴェは渾身の力をこめて聖剣を振り下ろした。トリヴィスの剣にはまった魔石が眩く光る。トリヴィスはレーヴェの攻撃に耐えた。普通の剣であれば粉微塵になるだろうが、魔石は質の良い二級石で、それによって強化されているし、トリヴィスは健康であれば騎士団長をつとめていたであろう猛者である。
レーヴェは無茶苦茶に剣を振って攻撃を続けた。トリヴィスと周囲の者によって防壁が張られ、どうにかトリヴィスはその猛襲を防ぐ。
レーヴェは苛立ちが募る一方だった。
火炎の魔法を放ち、同時にトリヴィスも打ち消しの呪文を唱えながら防御する。
やや後方へと押されたが、またトリヴィスはこらえた。
鬱陶しい。さっさとくたばって道を開ければいいものを。
空っぽなレーヴェの中に、黒いものが渦巻いて増幅し、体の中を圧迫する。今にも爆発してしまいそうだった。
「あのクソ女を出せ! 今すぐにだ! でないと全員ぶっ殺してやる!」
トリヴィスが反撃に出る。
狭い室内では戦いにくい。衝撃で壁がまた崩れ、床にいくつもの亀裂が入った。
トリヴィスは、レーヴェが想像していたよりも強かった。なかなかしとめられず、レーヴェも何歩か後退する。
――じれったい。こうなったら、この建物ごと破壊してやろうか。その方が早いかもしれない。
そうなれば自分も生き埋めになるだろう、というまともな思考はできなかった。
怒りが脈打ち、全身に送られて隅々まで行き渡る。今やレーヴェは、憎悪と怒りに身を焼き尽くし、ただ敵を討つことだけを望む鬼と化している。
だからあちこちから血を流し続けているのにすら気づかなかった。
「レーヴェルト、言うことを聞かなければ……」
「黙れ!」
一瞬めまいを感じて視界が歪んだ。
「何事ですか」
女の声がした。
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