38 / 115
第一部 聖剣とろくでなし
38、逃げ切れ
しおりを挟む魔法による攻撃は止まない。レーヴェが逃げれば、新たにそこここから火が出る。隠れられるのを防ぐためだろう。
「俺一人のために、こんな……」
気を散らしていると、ぬっと目の前に黒ずくめが現れた。息をのんで剣を持ち上げるがやや遅れる。かろうじて防いだが側頭部を殴られてよろめいた。そこでわき腹を切りつけられる。
まずい。殺される。
もつれる足を動かして逃げようとしたが、体に何かが巻きついて、もんどりうって転がってしまった。見れば、輝く鎖のようなものに拘束されている。
本で読んだことがある。これは確か――
――捕縛の鎖。
上級魔法である。一部の魔術師しか使えない術だ。
逃げるのも絶望的になったというのに、顔を上げれば前の方から似たような格好をした男がこちらに歩いてくる。仲間だろうか。
もう一人の敵は鞘から剣を抜きながら、しっかりとした足取りで向かってきた。
(首を落とすつもりか)
レーヴェは膝をついて立ち上がろうとした。
殺されるわけにはいかない。どうにもならない状況だが、だからといって降参しておとなしくあの世に行くのは我慢ならない。
せめて一矢報いなければ。
そう立ち上がったところで、背後に気配がした。
何者かがレーヴェの背後に上空から降ってきて、手にした刃で捕縛の鎖を断ち切る。鎖が消えて、レーヴェはつんのめった。
「行け、レーヴェルト」
ミルドだった。
「お前には勝てん。逃げ切れ」
レーヴェは逡巡した。それはミルドも同じではないか。ミルドはもう若くなく、いくら強くても全盛期は過ぎている。一方敵はかなりの手練れだ。
ミルドが呪文を唱え、黒い炎が石畳を走る。
二人の敵がその炎に包まれるが、すぐに打ち消されてしまった。
「レーヴェルト!」
怒鳴られ、レーヴェは走り出した。ミルドが声を張り上げるのを、初めて聞いた。
おそらく一人はついてくるだろうと考えた。敵の力を分散させた方が、まとめてかかってこられるよりはミルドもどうにかなるかもしれない。
現実的な考えを好む自分としては、らしくない希望ではあったが。
案の定、後から現れた二人目がレーヴェを追ってきた。一人目の方はミルドが足止めをしている。
『切り裂け!』
敵が呪文を口にして、無数の短い刃が宙を飛んで襲いかかってきた。避けようがなく、いくつも背中に突き刺さる。
魔法で石畳がめくり上がり、また建物が壊されて瓦礫が降ってくる。
退路を断たれたレーヴェに、敵が迫った。
何度か防いだものの、深手を負っているせいもあり、体力が尽きかけていた。
剣が弾かれ、上半身を切り裂かれる。
地面に倒れこみ、頭をしたたかにぶつけた。
(――そんなに憎いか)
血の気が引いていくのがわかる。あちこちから命の元が流れ出て、手先が冷たくなっていく。痛みはあまり感じないのだが、体が重くて呼吸が苦しかった。
(そうかよ。俺だって憎い。お前らが)
腹の中が煮えている。死への恐怖よりも、理不尽への怒りが勝っていた。
(死んでたまるか。死んでたまるか。俺が死ねば喜ぶ奴がいる。絶対にそんなことは許さない!)
笑う女の顔が脳裏に浮かび、それがレーヴェを奮い立たせた。
レーヴェは飛び起きて、敵の手から剣を弾き飛ばした。
目元以外は隠しているその男は、飛んでいく剣を無感動に目だけで追う。レーヴェの前髪をつかむと、懐から出した短剣を腹部に突き刺した。
「……っ」
兎でもさばこうとしているような手つきだ。なめている。
血を吐いて、レーヴェは横たわった。
飛ばされた剣を拾い上げ、敵が今度こそ首を落とそうと歩いてくる。レーヴェにはこれ以上反撃する力が残されていなかった。
敵は一瞬歩みを止めて、振り向きざまに誰かを突き刺す。
しかし同時に、敵も剣に貫かれていた。
倒れたのは敵だった。
「………………ミルド」
血だらけになった顔色の悪いミルドが胸に剣を刺したままの状態で立ち、レーヴェを見下ろしている。表情は普段のものと何ら変わらない。つまらない小言をたれる時の、些細な注意をする時のあの顔だ。
「何を寝ている、終わっていないぞ。逃げろと言っているだろう」
言っている間にも巨大な火の玉が飛んできて、ミルドは魔法で応戦した。胸の剣を抜かないでいるのは、血が噴き出すのを防ぐためらしい。
すでに片手も使い物にならなくなっていた。最初の敵はまだ倒していないのだろう。レーヴェを助けるためにこちらの敵を優先したらしい。
「稽古を怠るからこうなる。驕慢は死を招く。何度も言ったはずだが。これに懲りたら気を抜くな」
つかんで無理矢理起こされ、レーヴェは這うようにして動き出した。
あちこち穴だらけで、まるで力が入らない。だが怪我の程度はミルドの方がずっと深刻だった。立って、喋っていられるのが不思議だ。
歩くどころか息を吸ったり吐いたりするのすらままならない。
レーヴェは腹を抱えながら、一歩、ただ一歩と足を動かすことだけに集中した。無意識だったが、剣だけは手放さなかった。
夜空が燃え上がる火によって赤く照らされている。今まで遠ざかっていた音が戻ってきて、悲鳴やら泣き声やらが耳に入る。
レーヴェはもう何一つ考えることができなかった。呆然と、何の感想も持たず、歩き続けた。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
総愛されルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道でユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただし妹が予約していたBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総愛されルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、フラグを折ろうとすればするほど溺愛&執着されて……!?
さくっと読んでほしい学園ラブコメ。
※ムーンにも投稿しています
※ちょっとタイトル変えました
大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました
昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる