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第一部 聖剣とろくでなし

37、襲撃

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 * * *

 その日、街の大半の人間は、これから起きることを知らずにのんきにいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。
 当事者となるレーヴェも、そんな脳天気な人間の一人だった。

 もう三日も宿舎には戻っていなかった。どれほど留守にしたら、呼び戻されるのだろうか。
 近頃はとにかく気分が悪い。苛々する。なのでつまらない喧嘩を繰り返し、かなり荒れていた。
 気に障るようなことばかり起きるのだから、やっていられない。

(いっそ、王都からとんずらしてやろうか)

 ここは自分のいるべき場所ではない――いるべき場所などそもそもないのだろうが――居心地が悪くて仕方がないのだ。
 聖剣を持って行方をくらませたら、エデルルークや王家は慌てるだろう。一生追われる身になる。

(置いて行けばどうだろう)

 ならばみんな万々歳で、どこへでも行ってしまえとなるのだろうか? それも癪だ。エデルルークの面々を喜ばせたくなどない。
 歩きながら、レーヴェはふと腰の剣に触れる。

 己はどう思っている? 寄越せと言われるから反発しているだけであって、本当のところは手放したくないのか、手放したいのか。

 ――……わからない。

 ぞんざいに扱っているし、執着はあっても本当の意味での愛着なんてない気がする。しかし何年も多くの時間肌身離さず身につけているから、体の一部のようだった。
 諸々の問題は横に置いてみて、もし捨てれば楽になるとすれば、捨てるだろうか。
 想像してみると不思議と抵抗があった。

 そうやって、どこへ行くでもなく歩き慣れた路地をさまよっているうちに、陽は暮れた。
 何をする気にもなれず、宿すら探さずレーヴェは足を動かし続ける。頭には靄がかかったみたいで、思考を働かせるのが困難だった。だから目的もなく、だらだらと歩くしかない。
 何事もなければ、一晩中そうしていたかもしれなかった。

 ――それは、何の前触れもなかった。

 レーヴェはとっさに避けた。

 考える前に反射的に体が動いたのだ。もし一瞬でも遅れていたら、そこで命を落としていただろう。
 相手の剣が空振りをして、暗闇の中で白く閃いた。
 恐ろしいほどの鋭い殺気を感じて、レーヴェは総毛立った。

 これまで一度も感じた覚えのない、無慈悲で猛烈な、それでいてどこか義務的な殺意である。
 素人じゃない。
 レーヴェが考えられたのは、そのくらいだった。敵は間を空けずに襲いかかってくる。レーヴェも聖剣を抜き放った。

 構える暇もなく、的確に急所を狙われる。体をひねり、剣で受けてどうにか防いだ。
 相手は二刀流で、間合いを詰めてくる。余分な動きが一切なかった。
 繰り出される攻撃が素早く、力量をはかる余裕もない。刃が空気を裂く音がして、刃先は何度もレーヴェの肌を浅く傷つけた。

 完全に押されている。
 黒ずくめの敵は夜目がきくのか、動きに迷いがない。一方レーヴェも暗闇での戦闘は比較的慣れている方ではあるのだが、ここは暗すぎた。

 もう少し明るい場所に移動しなくては不利だ。
 だが防戦一方で動きが取れない。壁際に追いつめられないようにするのがやっとだった。

(勝てない)

 これがレーヴェの下した判断だった。長引けば長引くほど危険な状態になる。一刻も早くこの場を脱出しなければ命はない。
 猛襲を防ぎながら、レーヴェは愕然としていた。そして痛感した。
 己が思い上がっていたことを。

 「聖剣を使った状態」でこうなのだ。
 養成校では、訓練生や教官含めて、自分にかないそうな者は一人もいなかった。ミルドと共に仕事をしている際も、生命を脅かされて冷や汗をかいたことは少ない。

 自分は強いのだと思った。
 国で一番などと驕ってはいなかった。もちろん、自分より強い者はいるはずだと理解していた。理解していたつもりだった。

 だがそれは自戒に繋がらなかったし、いたとしてもまみえる機会はほとんどないだろうと何故か決めつけていたのである。
 強者の自分よりも更に強者。それは具体的な形を伴わない、遠くぼんやりとした架空の存在だった。
 今、目の前にいるのは明らかに格上だった。

 集中すれば倒せるという問題ではない。
 容赦のない剣さばきで、レーヴェは右の上腕を切りつけられた。血がじわりと服に染みていくが、痛みより危機感が勝って興奮状態なのか何も感じない。

 ――逃げるしかない。

 多少傷が増えたとしても、このまま剣を交えているよりましだろう。
 わざと肩に攻撃を受けて、隙を見出そうとする。そんなレーヴェの考えに呼応するかのように、聖剣の刀身がぼんやりと光った。相手がその変化に、わずかだが気を取られる。
 レーヴェは走り出した。

 ――が。

 敵がてのひらから複数の光の弾を放つ。レーヴェは飛んできた一つの弾を剣で弾いた。残りは弧を描いて空中に飛び――前方の建物に直撃する。
 轟音と共に建物は崩れて、火の手が上がった。
 目をむきながら、レーヴェは横の道に逃げこむ。敵は呪文を唱え、次々に辺りに火をつけていく。

「正気か」

 そう呟かずにはいられなかった。
 王都で攻撃魔法を使用することは禁じられているのである。それをこれほど派手に使って、罪に問われないわけがない。

 しかもどう考えても目的は、若造一人の殺害なのだ。
 火事だ、火事だと騒ぎながら人々が建物から逃げ出してくる。
 敵が衝撃波を放って、瓦礫や人間を吹き飛ばした。何が起きているのかわからない者達が、悲鳴をあげる。
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