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第一部 聖剣とろくでなし

35、娼婦

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 * * *

 レーヴェは娼婦によくモテた。

 若さや見た目の良さもあるが、面倒な注文や暴力を振るわなかったからだろう。かといって特別優しいのでもないものの、金払いはよく、娼婦にとっては歓迎すべき客なのだ。

 その時の懐具合によって、娼館のランクは選んでいるが、大体は安いところに足を運んでいた。そういう店でもそれなりに、良い女はいるものだ。
 安くて汚い娼館の寝床は、自分によく似合っているように思えた。

「いくら若いって言っても、あんたは絶倫ねぇ」

 年上の娼婦にそう呆れられたことがある。

「誉めてんのか?」
「そうね。元気が何よりだから」

 その娼婦はマリアンネと言い、物知りなのでよくレーヴェは指名した。マリアンネはいろんなことをレーヴェに教え、手ほどきをした。おかげでレーヴェは多くの「技」を身につけたわけである。

「付き合ってられないわ」

 マリアンネは乳房をさらし、寝台に寝そべっている。何度も交わったせいで、疲労の色が隠せないようだった。

「それがお前の仕事だろ」
「若くないのよ、私。娼婦の中じゃ年寄りな方なんだから」

 聞けば来月、マリアンネは店を辞めるそうだ。かなりの借金があったはずだが無事返済し、金も貯めたそうだから立派なものである。
 娼婦なんて大抵は店を辞められず、体が弱ければ病気になって死ぬのが落ちだ。

「来月からどうするんだ?」
「店を始めるの。料理屋よ」
「大したもんだな」

 マリアンネは強い女だった。体を売る仕事に就くことを悲観する者も多い中、彼女は通過点としか思っていない。上客をつかんで虜にさせて、貢がせついには店を持つまでになるのだから凄い。このまま娼婦でいても客が取れなくなるのを見越して計画を立てていたのだろう。

「あんた、最近嫌なことでもあったの?」
「何で」
「抱き方が雑だわ」

 性交の様子で心身の健康をさぐるとは、医者みたいである。レーヴェは答えず、肩をすくめるにとどまった。
 愉快なことは常日頃少ない。

「そういえば、あっちの店には行かなくなったのね」

 マリアンネは起き上がると、北の方を指さす。この部屋の窓からは見えないが、そちらには以前レーヴェが通っていた別の店あるのだ。
 前はこことあちらを、交互に通っていた。

「どうでもいいだろ、そんなこと」
「原因はあの子ね。レーヴェ、あの子が気に入っていたんじゃないの?」

 女っていうやつは、どうしてこう他人の関係が気になるのだろう。レーヴェは口を閉ざしていたが、マリアンネは続けた。

「ミア、うちにも来たわよ」
「来た? 何をしに」
「あんたを探すためでしょ。あんたが来てないか、とまでは言わなかったけど」

 ミアが。
 レーヴェはため息をついた。

「知ってるわよ。あんた、あの子ばっかり抱いてたんでしょ。好きだったんじゃないの?」
「好きじゃない」

 ミアは小柄な女だった。顔は美人といってもいいが、体の方は貧弱だった。乳房が小さくて肉付きが悪い。
 おまけにいつも不安そうに見開かれている大きな目が、男をしらけさせるのだ。盛り上がらない。だから人気がなかった。

 初めてレーヴェが訪れたその日、空いている女がミアしかいなかったのだ。レーヴェは別に、女であれば何でもよかったのでミアを抱いた。
 ミアはレーヴェと同い年で、仕事が上手くいかずに悩んでいるのだと泣いた。こんな辛気くさい女は敬遠されて当然だった。

「困ってるっていうから抱いてたんだよ」
「あらまあ、人助けだなんてご立派ね」

 そうやって笑ってマリアンネは茶化す。
 ミアは徐々に自信をつけて、明るく振る舞えるようになってきていた。取る客の数も増えて、もうレーヴェが助けてやらなくても良さそうなくらいになっていた。

 だが、ミアは是非来てくれと頼むのだ。さほど好みな方ではないが、こだわりもないレーヴェはそれに応じていたのだ。
 レーヴェにとって娼婦は娼婦でしかない。金を払って性欲を処理する相手である。相手も商売でやっているから後腐れはないし、行きずりの女よりは気楽に交われた。

 だが、ミアにとってレーヴェはただの客ではなくなっていたらしかった。

「つまり、ミアはあんたに本気で惚れちゃったんだ!」

 マリアンネは手を叩く。今知ったような驚き方だが、この女のことだ。とうに知っていたのだろう。
 レーヴェはミアの気持ちを知って、辟易した。
 ミアはやはり娼婦としてしか見れないし、好きだと言われて迷惑だった。その眼差しが真摯であったがために、余計に困惑した。

 客と恋仲になって逃げる娼婦というのもいるにはいる。が、レーヴェにはその気はなかった。なので、距離を取るしかなかったのだ。
 ミアの店に行かなくなって、もう数ヶ月経つ。顔も合わせていなかった。

「あの子ねぇ、病気になったっていう噂よ。長いこと客を取ってないんだって」
「俺のせいだって言いたいのか?」
「いーえ。得にならない客に惚れる娼婦は馬鹿だわね」

 あんまりな言い草である。
 レーヴェは誰かに惚れた経験がないが、マリアンネも同じなのではないだろうか。さばさばしているし、打算的だ。だから気が合うのかもしれない。

 ミアに好きだと打ち明けられても、心境に変化はない。好意を寄せられるというのはどことなく気味が悪かった。
 きっとあの女は勘違いをしているのだ。途方に暮れていたところを助けられたから、好きになったように感じているだけなのだろう。

 そう諭したところでミアは納得しなかった。とくれば、レーヴェは彼女を避けざるをえない。

「はっきり言わないあんたにも悪いところがあるわね。嫌いなら嫌いって突き放してやらなくちゃ」

 嫌ってはいないのだ。好きでないのと同じように。嫌うより残酷かもしれないが、ミアにはさほど興味がない。
 今までもそういうことがないでもなくて、その度に煩わしい思いをしてきた。惚れてくる女は皆、面倒臭い。

 勝手に勘違いをして必死になって、泣いたり喚いたり責めてきたりと付き合ってられなかった。性的関係を結ぶことは好意がある証拠だと思いこむ女は一定数いる。だから素人女に手を出したくなくなって、商売女を抱いていたのだ。それなのに、これだ。

「引導渡してやりなさいよ、可哀想に」

 マリアンネは飄々としている。よくある話らしい。

「めんどくせぇ」

 近頃自分に説教をする人間があまりに多い。これ以上マリアンネにまでごちゃごちゃ言われたくなくて、レーヴェは建物を後にした。
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