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第一部 聖剣とろくでなし

34、選ぶ道はいくつもあった

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 * * *

 イーデンは打ち所が悪かったらしく、倒れたまま意識が戻らないらしい。もう三日になる。
 レーヴェは、だからどうということもなかった。ウィリエンスの時同様、かかってきたのは相手なのである。自分が襲ったわけでもない。

 イーデンは実家に引き取られて療養中だそうである。
 食堂にやって来たレーヴェを、皆が遠巻きにして見ていた。どういう風に評していいか考えあぐねている奴もいるのだろう。

 ウィリエンスの傲慢さに辟易してた連中はレーヴェが殴ってすっきりしただろう。だがイーデンは評判が良く、嫌っている人間は少ない。イーデンが間違ったことなど言うはずはないだろうから、重傷を負わせたレーヴェは野蛮な輩なのである。

 気骨のある奴かと思っていたが、やはりただの乱暴者か。

(そうとも、俺はただの乱暴者だ。勝手に正義の味方に仕立てんじゃねぇよ)

 そうわからせるために、通りすがりに誰かを二、三発殴っておくべきだろうかなどと、戯れに考える。
 ところでイーデンに「やりすぎた件」についてだが、これはお咎めなしのようだった。イーデンが初めから上に話をつけておいたのだろう。

 レーヴェは運んできた食事をしばらく手をつけずに眺めていた。肉の入ったスープに鼻を近づける。懐に入っていた小瓶から数滴、中の液体を垂らした。
 それから首を傾げ、皿とパンを持って席を立った。
 厨房に持っていき、捨ててくれと頼む。

「口をつけてないじゃないか。今日の肉は上等だぞ」
「腹が減ってないんでね。きちんと捨てろよ」

 食事などどうとでも調達できるが、ここ数日はうかつにものを口にするべきではなさそうだ。
 そして食堂を離れたレーヴェだったが、後で厨房の料理番が一人倒れたという話を聞いた。なんでも何かつまみ食いしたらしく、その直後に泡を吹いて倒れたのだそうだ。

 病気か何か知らないが、とにかく症状が重くて運び出された。
 さらに後日聞いたところによると、一命は取り留めたが医者いわく、料理番に復帰するのは難しいだろうとのことだった。

「だから忠告したんだぜ、俺は。捨てろってさ」

 カロンがいなくなり、一人部屋になると室内が広く感じる。レーヴェは笑いながら、立てかけてある聖剣に声をかけた。

 * * *

 以前より更に、レーヴェには誰も近づかなくなっていた。声もかけない。教官も関わりたがらない。
 サボっても注意をされなくなった。叱られたところで従うつもりはないが、わずらわしいことが減ってレーヴェとしては歓迎するところである。

 ということで、レーヴェは夜遊びを続けた。外をうろついている方がまだ安心だ。養成校の中ではいつ何時毒を盛られるかと気を張っていなければならない。遊び場は慣れているから、疑わしい者がいれば察知しやすかった。今のところ、外で危ない目には遭っていない。

 遊ぶといっても、その内容は単調だった。女を買って、賭け事をするくらいである。
 資金の調達は、盗んだり巻き上げたりと、まあいろいろだ。ごろつきに絡まれている奴を助けて、高い謝礼を強要することもある。

 賭け事は強い方でもないからすぐ金はなくなる。が、別に執着もないから熱中もしなかった。
 口にするものには慎重にならざるをえないので、酒の量は控えている。酒は毒を混ぜられてもまぎれやすくて気づきにくいのである。

 夜道を一人で歩いていると、横道に何者かの気配があってレーヴェは警戒した。
 ただならぬ気配だった。というのも、いくらでも隠せそうにも関わらず、わざと少し気づくように存在感を出している。襲撃者であれば意図が不明で、やや混乱した。

 だが、腰の剣に手をのばしたところで誰だかわかって気が抜ける。

「相変わらず、ろくでもない暮らしをしているな。お前は屑だ」
「久しぶりに会った愛弟子にかける言葉がそれかよ」

 ミルドだった。
 真っ黒な影から、黒い服を着た陰気な男が現れる。影の一部が実体化したかのようだ。さすが、暗殺を生業としていた男の動きは違うなと素直に感心させられる。

「稽古を怠っているのだろう。お前はちっとも成長していない。以前会った時より進歩がなさそうだ」
「十分強いんでね。あの学校じゃ俺が一番だろうさ」
「小さな世界で調子づくようなら小物だな」

 大物を目指してはいないので、なじられようが気に障ったりはしなかった。あんな環境では稽古に身も入らず、そこそこ強いという自負があるのでがむしゃらに鍛えようと発奮するきっかけもない。
 久方振りの対面だが、ミルドは少しも変わっていなかった。あの日別れてから、ミルドはどうしているだろうかと考えてみる機会はなくて、こうして会うまで存在すら思い出さなかった。

 おそらく、今までと変わらない生活を送っていたのだろう。依頼を受けて仕事をして、無表情で日々を過ごしていたに決まっている。

「従兄弟を殺しかけたそうだな」

 イーデンの話はミルドのところにも届いているようだった。

「殺しかけたつもりはない。あいつが勝手に死にかけた」

 殺そうとしていたら聖剣を抜いている。イーデンの弱さについてレーヴェには責任はないはずだった。
 いささか我を忘れていたという感じは否めないが、殺すつもりはなかった。
 それにイーデンは持ち直し、意識は戻ったそうで、復帰は案外早いだろうとの噂である。

「公爵子息ともやりあったそうではないか。弱いものいじめをするためにお前を鍛えたわけではない」
「噛みつかれたから噛みつき返しただけだ」
「やりすぎだと言っているのだ、狂犬め」

 どいつもこいつも、無駄な説教をしてくる。どう言われようと生き方を変えるつもりはないのだ。
 歩き出したところで、ミルドが言った。

「お前は殺されるぞ」

 レーヴェは足を止める。

「……イーデンも似たようなことを言ってたが……」

 二人とも、「誰に」という部分について言及しないが、おそらくはアリエラだろう。今までも、何度もアリエラは人を使ってレーヴェの毒殺を試みてきた。
 今回レーヴェはイーデンを痛めつけているから、アリエラは当然激高しているはずだ。食堂で気の毒な料理番が口にした毒もアリエラの手の者が仕込んだに決まっている。

 だが、それは予想していたことで、レーヴェにしてみれば慣れっこなのだ。過度に恐れる必要はない。

「あのクソババアがコソコソと俺を殺そうとしているのは今に始まったことじゃねーだろ。気をつけていればいいだけだ。お高くとまってるだけの貴族の女に何ができるっていうんだよ」

 ミルドは冷たい視線に何らの感情も示さず、レーヴェを見つめている。

「お前もしょせんは子供だな。アリエラ様の恐ろしさを知らぬのだ。そして、女というものの執念深さを」

 しつこいのは認める。あの感じからいくと、一生ねちねちと狙ってきそうだ。

「心配してくれるのはありがたいが、あの女のパターンは読めてる。そう簡単にくたばったりはしないから安心しろ」
「お前は殺される」

 ミルドは繰り返す。まるで死神の宣告のように。

「選ぶ道はいくつもあったはずだぞ、レーヴェルト」
「…………」

 他人から望まれる道だろうか。そんなものを選ぶのは屈辱だ。

「説教は聞き飽きた」

 レーヴェは振り向かずに歩き出した。
 レーヴェが死のうが生きようが、ミルドには関係ないはずだ。教育に失敗した点についてかなりエデルルークから責められるのではないかと思ったこともあったが、ああして無事にいるのだから結局許されたのだろう。もうミルドに責任はない。

 それなのにこうして忠告しにやって来るのだから、ああ見えてお節介なところがあるようだ。
 ミルドは黙ってレーヴェを見送った。

 思い返せばいつもそうだ。彼は静かに説教をしてばかりだった。つかんで引き寄せて叱責したり、殴って怒鳴ったりはしない。
 何故アリエラは、ミルドにレーヴェを殺せと命じなかったのだろうか。彼ならいつでも、今だって、レーヴェを殺せただろうに。
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