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第一部 聖剣とろくでなし
33、この世で一番の屑
しおりを挟む「レーヴェルト。君は聖剣に選ばれた使い手なんだ。君だ、君しかいないんだ、その剣を扱える者は。将来、君は陛下をお守りし、国を守るべき人にならなければならない。それが君の運命だ!」
そんな運命、クソ食らえだ。
よっぽど、イーデンに不満をぶちまけようかと思った。
だがイーデンだって同じなのだ。イーデンはゆくゆくはエデルルークを背負って立つ人間だろう。その運命からは逃れられない。そして彼は責任感の強さもあって、逃れようとはしないのだ。
イーデンは望んだわけではない。が、運命を受け入れている。
誰だって、もっとああだったら、こうだったらと考えるだろう。
運命というものは暴力的だ。自分はそんな暴力に屈したくはない。
反抗こそが――唯一の――レーヴェにとっての自我を示すものなのだ。
「お前が悪いんだよ」
「……何?」
「お前が選ばれなかったから悪いんだ。大方、弱いから聖剣に選ばれなかったんじゃないのか? お前が使い手になってさえいたら、俺もこんな面倒事に巻きこまれなかった。お前のせいだ。そうだよな?」
レーヴェは腰のベルトごと聖剣を外して、イーデンの方へと投げた。エデルルーク家の家宝であるはずの聖剣は、ぞんざいに扱われて床へと放り出される。
「それを取れ、イーデン。それで俺に向かって来いよ。お前の出来が悪いせいで、俺まで苦労させられてるんだ。悔しかったら、聖剣で俺を傷つけてみろ」
イーデンの顔や目つきからは、何を考えているのか推し量れなかった。
ただイーデンは無言で、聖剣を手にする。そして、目を丸くした。
レーヴェ以外の人間には、聖剣は見た目からは考えられないほど重く感じるのである。イーデンは鞘から剣を抜き、歯を食いしばりながら持ち上げた。
普段帯びているレーヴェにとってそれは棒きれよりも軽いから、イーデンの動きが滑稽で大げさに感じられた。
「私のせいだと思うなら、それでいい。恨めばいい。ただし、役目を果たしてくれ。君と聖剣が必要になる時がいつか来るかもしれないんだ」
こいつが聖剣に選ばれるべきだったのだ。イーデン・エデルルークこそが。
真面目で誠実で、責任感が強くて、公平で。異常な継母と気難しい父親のもとで、よく育ったと思う。騎士になるのに相応しい。
イーデンならば、立派に聖剣の使い手として生きていけただろう。そしてそれは誰も不幸にならない展開なのだ。
レーヴェが選ばれてしまったために、全てが狂った。
「詫びればいいのか、レーヴェルト」
「ふざけやがって……」
剣の柄を握る手に力がこもる。
イーデンは挑発に乗ってこない。あくまで透き通った眼でこちらを見てくる。その眼差しには――憐憫すらこもっていた。
「この聖剣に相応しい男になってくれ、レーヴェルト! それが我々の願いなんだ!」
「黙れ!」
レーヴェは床を蹴って肉薄し、攻撃を受け止めようとしたイーデンを聖剣ごと吹き飛ばした。
倒れたイーデンへと剣を振り下ろすと、際どいところでイーデンが避けた。剣は床に突き刺さり、抜こうとすると真ん中から刀身が折れる。構わずそれでイーデンを殴りつけた。
しかし短いと扱いにくい。イーデンが手放したもう一本を拾いに行き、また剣を交えた。
イーデンは剣を構えるだけでも重労働だ。レーヴェの攻撃を受け止めると足がふらついた。
「レーヴェルト、どうしてなんだ! どうしてそうやって何もかも遠ざけるんだ! 私にはわからない!」
「てめぇみたいなまともな人間には、一生かかってもわかりゃしねえんだよ!」
わからなくて当然で、そしてイーデンはわからない方がいいのだ。
体当たりを受けたイーデンが倒れこむ。
起き上がろうとするイーデンを剣の柄で殴りつけ、素手でも殴る。イーデンは顔をかばい、どうにか逃げようともがくが体格差もあって上手くはいかない。
殴る度に血が飛んだ。
不快だった。
拳が骨に当たる度に、気持ちが昂揚するどころか冷えて凍っていくようだ。いつでもそうだ。確かに発散されるものはあるが、こんなこと、好きでもなんでもない。
「レーヴェルト、聞け……、聞け!」
殴打され、口から血を流しながら、イーデンは体を起こしてレーヴェの胸ぐらをつかんだ。
「君は……不要な人間なんかじゃないんだ! 君はいつか誰かに本当に必要とされるし、誰かを必要とするだろう。それまで生き延びなくちゃならない。自棄になるな、生き急ぐなよ! 君は自分が思っているほど酷い男じゃない!」
「わかったようなことを吐かすな、もうたくさんだ!」
レーヴェはイーデンの頬を殴りつけた。
詰られる方がどれほどよかっただろう。軽蔑される方が、罵られる方がましだ。
イーデンの説教が、誤解が、期待が、懇願が、全て鬱陶しい。
初めて、消えてなくなりたいと思った。感傷的になったからではない。
全部面倒になったからだ。どういう振る舞いをしても疲れる。
この現実を――人生を、暴れることによって粉々にできるならそうしただろう。
過去も未来も現在も、ぶち壊してなかったことにしてしまいたい。自分も含めて、みんな消えてしまえばいい。
今はこの、相手に打ちつける拳の痛みだけが現実で、他の全ては夢みたいにふわふわして、遠ざかっていく。
自分が誰かに必要とされる未来だなんて、欲していない。
何一つ持たないで、何一つ大事なものなんてなくて、何もかもを冷笑しながら生きて、そして一人きりでいつか死んでいくに決まっている。
レーヴェルト・エデルルークという男はこの世で一番の屑なのだ。他でもない自分自身がそう思っているのだから。
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