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第一部 聖剣とろくでなし

32、どうしてお前じゃなかったんだ

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「喧嘩は良くない。……あれは喧嘩というようなものでもなかったな。君がほとんど一方的に痛めつけたのだから。暴力はいけないんだ。どうしてそれがわからない?」

 そもそも騎士団は「暴力で解決する」ための集団ではないか。命令や、正当性があると認識されていれば暴力が許されるのだ。
 正しい暴力と正しくない暴力があるだなんて笑わせる。

「ウィリエンスは屑だ」
「……屑だから殴っていいという法はない」

 法などどうでもいい。自分のルールは自分で決めるのである。
 しばらくイーデンは剣を握ったままレーヴェを黙って眺めていたが、やがてこう問うた。

「君とカロンは親しかったのか?」

 うんざりしてレーヴェは軽いため息をつく。

「やめろ。変な勘ぐりをするな。そんなんじゃない」

 だんだん腹が立ってきた。何に苛ついているのかは判然としないが、あらゆる「はっきりしないもの」に怒りがわいてくる。

「ウィリエンスを殴ったのは、あいつが絡んできたからだ。俺はあいつがいけ好かない。お前はこう思いたいんだろ? カロンのために、正義感から無茶な行動をしたんだって。カロンと俺の美しい友情、いや、デキてると思ったか。どっちでもいいわ。ウィリエンスをこらしめようと鉄拳制裁をくだしたってな。だがそれは違う。全く違う」

 そういう誤解が一番迷惑だ。
 イーデンは真面目で、心根が優しいのだろう。レーヴェの暴力性を理解できないし、従兄弟のレーヴェが異常者ではなくてまともな人間だと思いこみたいのだ。

 イーデンにしてみれば、実はレーヴェは正義感が強く、ろくでもない公爵令息を義憤に駆られて叩きのめしたのだと考える方が落ち着くのである。

 イーデンにはわからない。
 レーヴェの中には何もないということがわからない。あるものといえば、現れては消える、黒い衝動だけなのだ。

「虚像を俺に押しつけるな。俺という人間を勘違いをして、痛い目見るのはお前だぞ」
「もう勝手なことはしないと誓ってくれ、レーヴェルト」
「断る」
「ウィリエンスに謝罪してくれ」
「正気で言ってんのか? 唾を吐きかけてこい、の聞き違いだよな?」
「レーヴェルト、私だって正しいとは思っていない。だが、世の中とはそういうものなんだ!」

 だったら、そんなくだらない世の中は一刻も早く滅びればいい。

「君のやり方は間違っているんだ。何度でも言おう。君がそうやって悪ぶっていれば、誰も味方はいなくなる。身の振り方をわきまえない限り、君は――いずれ」

 イーデンは興奮からやや息を乱して声を張り上げた。

「いずれ殺されるぞ! 私もそれをどうすることもできない!」

 それを聞いたレーヴェは鼻で笑った。

「俺を殺せる奴がいるなら、かかってくればいい」
「心を入れ替えろ」
「そのつもりはない」

 イーデンが足を引いて剣を構えた。向けられる眼差しは鋭く、至極まともだった。レーヴェ瞳のように濁っていない。

(どうしてお前じゃなかったんだ? イーデン)

「君には考えを改めてもらう」
「できるもんならやってみろ」

 イーデンが向かってきた。
 レーヴェは剣を受ける。
 こうしてイーデンと剣を交えるのは随分と久しぶりだった。イーデンは成長していた。以前の弱々しさはどこにもなかった。一撃は重く、力強い。迷いが感じられない。

 素早く剣を引いてまた打ちこんでくる。
 もっと温いものを仕掛けてくると思いきや、イーデンは本気だった。剣は稽古用だが、気迫は実戦と変わらない強さがある。

 力の差を痛感しているからだろう。少しでも気を抜けば勝てないと思っている。
 初めから全力で向かってくるのは評価できた。
 なのでレーヴェもまともに応戦してやる。力をこめて剣を払うとその強さに体勢が崩れそうになるが、踏みとどまってイーデンは剣を振る。

「何故君は、そうやって悪くあろうとするんだ。いくらでも生き方は選べるはずなのに」

 イーデンは素早さの方に自信があるのか、押し合いは避けてレーヴェの動きを先回りし、空いたところを狙おうとする。
 こじんまりしていて決定打に欠ける戦法ではあるが、実力の差を考えるなら悪い手ではない。

 イーデンはまだ強くなるだろう。真面目で型にはまった剣筋は相変わらずだが、それに磨きをかけている。
 だが、レーヴェには到底かなわない。
 体力にもまだ差があった。イーデンは息を乱して退き、距離を取る。

「君はどこに行くつもりなんだ? 君は将来、どのような男になる? 行き着く先はどこなんだ」
「……将来?」

 まるで、生まれて初めてそんな言葉を聞いたみたいな、新鮮な響きを伴ってそれはレーヴェの鼓膜を震わせた。

 将来。
 そんなものを真剣に、具体的に考えてみたことがあっただろうか。
 想像する。だが自分の未来は、淀んで濁った水のように見通せない。何もない。

 自分は何年も何十年も先のことなどに思いを馳せたりはしないのだ。そのために努力を積み重ねたりもしない。虫や獣のように、一日を、今を生きていくことしか考えない。
 得体の知れない倦怠感に体が支配されていくようだった。また黒いものが渦巻いて、不快感に体が疼く。
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