上 下
31 / 115
第一部 聖剣とろくでなし

31、話がある

しおりを挟む

 * * *

 当然のことだが、施設内での暴力沙汰は禁じられている。レーヴェは懲罰房送りとなった。
 素行が悪い者が入れられる簡易的な地下牢である。何故かレーヴェは今までここに入れられたことがなかった。
 考えてみれば違反といっても、無断外出やサボりくらいしかしていない。その程度で牢に出し入れするのは面倒だろう。それにやはり、聖剣の使い手というのが考慮されていたのかもしれない。

 明かりは蝋燭で、寝床らしい寝床はない。寒さをしのぐ布が置かれていたが、手を出すのは癪で枕にもしなかった。
 簡単な食事が運ばれてきて、それは口に運んだが、後は壁の方を向いたままひたすら横になっていた。
 拗ねているのではない。何らかの反応をするのが面倒だったのだ。訪れた誰かを認識するのも億劫だった。

 案の定、ウィリエンス一味はお咎めなしだったらしい。忖度である。ウィリエンス自身というか、彼の後ろのものが怖くて誰も叱れないのだろう。教官の威厳など欠片もないではないか。
 だから自分がああして恥をかかせたのは良かったと思った。

 薄暗がりの中で、レーヴェは寝返りを打って檻の外に目をやる。手の届かないところに聖剣が立てかけてあった。
 あれをどうしたらいいか考えあぐねて、あんな中途半端なところに放ってあるのだろう。あれはレーヴェのものだが、だからといって罰する者を武器と一緒に牢にぶちこむ阿呆はいない。

 レーヴェは聖剣に話しかけた。

「なあ、お前もそう思うだろ? 殴ってよかったよな。むしろ、もっと早くボコボコにしてやるべきだった」

 それが何の意味もなさなかったとしても、だ。ウィリエンスの端正な顔にはおそらく痣ができている。考えただけで笑えてくる。

 何日くらい経ったのか数えもしなかったが、ある日誰かが訪ねてきて呼びかけた。

「レーヴェルト」

 聞き覚えのある声で、教官ではないようだった。

 振り向くと、鍵を持って立っていたのはイーデンだった。手燭に顔が下から照らされている。無表情のまま、イーデンは言った。

「出ろ。君に話がある」

 どうも、懲罰期間は終了したらしい。それでイーデンが来る理由がいまいちわからないが、とにかく教官から鍵を託されたようだった。

「具合はどうだ」
「悪くなるような要素がどこにあるんだ?」

 石の床の上で寝かせるのが罰だというのなら、なんとも温い。ミルドと外をうろついていつ襲われるかわからなかった時と比べたらかなり楽で、熟睡できた。
 レーヴェは聖剣を手にして、先を歩いていくイーデンに続く。

「ウィリエンスはどうした」

 短い沈黙の後、イーデンは説明する。

「肋の骨をやったらしい。しばらくは療養だ」
「肋くらいでお寝んねかよ。軟弱だな」

 取り巻き連中も似たような状態らしい。レーヴェも口は切ったし痣はできたが、動くのに支障のある怪我はしていなかった。
 イーデンは立ち止まって振り向いた。久々に近くで見た従兄弟の顔は、少々大人くさくなっていた。

「レーヴェルト。君が思っているより深刻な事態になっている」
「殺さなかったぜ」
「殺していたら懲罰房行きで済むはずがないじゃないか」

 イーデンは呆れて目を閉じた。

「カーレンライト公爵家からどういうことかと説明を求められているんだ」
「簡単だろ。殴りかかったら殴られました。肋をやりましたが、お宅の息子はしぶとく生きています。おしまい。そう言ってやれ」
「そこらの子供の喧嘩ならな」

 そこらの子供の喧嘩と何が違うのやら。イーデンが言うには、公爵子息は手を出してはならない存在らしい。

 ではどこかに書いておくべきだ。顔を殴っていいのは男爵子息。伯爵子息以上は足を蹴るまで。それ以上は耳を引っ張る程度まで許す。万が一身分の低い方が身分の高いお坊ちゃんに痣をつければ、鼻をそぎます、指を切り落とします、うんぬん。

 それでもレーヴェはウィリエンスを殴るのに躊躇をしなかっただろうが。
 外に出て、今が早朝であるのが知れた。曇天だというのに光が眩しくて、目が慣れるのに時間がかかる。
 イーデンがどこに向かっているのか察したレーヴェは、歩きながら肩をすくめた。

 またこの展開か。

 到着したのは稽古場だった。時間も時間なので、人影はない。
 イーデンは稽古用の剣を用意して、振り向いた。

「手合わせ願おう、レーヴェルト」

 朝っぱらから冗談キツいな、と言いかけたが、もちろんイーデンは本気である。
 自分から周囲に申し出たのか、家族かここの関係者から圧力をかけられたのか。どの道イーデンの意思でこうしているのだろうが。

 つまり、焼きを入れてやろうということだ。こうして稽古場を使うのも了承をとっているに違いない。

「君のお陰で、エデルルークとカーレンライトの両家の間では緊張が高まっているんだ。これ以上君に好き勝手にされては困る。君は口で言っても聞かないだろう」
「まあな」

 レーヴェは渡された剣を受け取った。

「暴力で何でも解決しようとするな」
「お前も聞いてるだろうが、先に手を出したのはあっちだ」
「挑発しただろう」
「挑発も向こうが先だぜ。俺だって何もなかったらいきなり殴ったりしねぇよ」

 目撃者は大勢いた。多分、イーデンも聞き及んでいるだろう。ウィリエンスがどんな男かも知っている。イーデンは、ウィリエンスのような奴が嫌いなはずだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました

昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...