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第一部 聖剣とろくでなし

30、大乱闘

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「全く、恥を知れ、レーヴェルト・エデルルーク。親身になってくれた同室の友に手を出すなど、節操がないにもほどがある!」

 わざと食堂という人目のあるところでこんな話をして、噂を真実だと周囲に印象づけようとしているのだ。
 レーヴェの中で渦巻く毒はいよいよその量を増して、精神を爛れさせていく。

 普段から行動を自重しているわけではないが、元来レーヴェは物臭だ。売られた喧嘩を買うのも億劫だし、すぐに手が出る方でもない。
 ただ、黒いものはレーヴェの物臭な性質も押さえこみ、衝動となって体を動かすのである。

(お前は本当に馬鹿だな。カロン)

「……俺に笑ってほしくて、そうやってイカれたことをわめいてんのか? てめぇは」

 レーヴェが立ち上がると、ウィリエンスは眉をひそめた。

「なんだと?」
「途中から、誰の話をしてるのかわからなくなったぜ。こんな食堂で罪の告白か? 汚ねぇ話すんなよ、飯が不味くなる。悔い改めるなら教会でも行け」
「何の話をしているんだ」

 レーヴェは内心驚いていた。
 こいつは、信じていたのか? 自分がここでは絶対であることを? 皆が従うということを?
 たかが、公爵家に生まれただけで?

「だからさぁ」

 レーヴェは隣にあった椅子を乱暴に蹴倒した。椅子は派手な音を立てて倒れ、周囲の緊張を高めた。いつの間にか食堂内にいる誰もが動きを止め、固唾を飲んでこちらを見つめている。

「俺は確かにあいつとヤッたがな、お前にだけはああだこうだ言われる筋合いないんだよ。あいつに最初に突っ込んだのはお前だろ。強姦王子が他人のセックスについて説教垂れるたぁウケ狙い以外なんだっつーんだよ」

 ウィリエンスが一瞬言葉を失い、大きく息を吸って鼻を膨らませる。怒りですぐに顔が朱に染まる。

「何を……」

 強姦王子。何度かこの言葉を心の中で繰り返してレーヴェは笑った。我ながらいいセンスをしている。

「お前の性欲の強さは誰だって知ってるぜ、ウィリエンス様よ。いたいけな同級生や後輩を、一体何人その毒牙にかけたんだ? 可愛いのが好きなんだよな? 嫌と言えない相手を無理矢理喘がせるのが興奮するんだろ? 乱交パーティに参加する特典はなんだよ。期間限定でお前の取り巻きを体験させてでもくれるのか?」

 ウィリエンスは驚愕に言葉を失っていた。
 それは公然の秘密だ。だが、今まで口に出した者はいない。出せるはずがないとウィリエンスはわかっていたのだ。
 だからレーヴェの発言が、心底信じられないでいるのだ。

「どうした、王子様。なんでそんなにびっくりしてるんだ? 俺が言えないはずのことを言ったからか? おい、舐めてもらっちゃ困るな。みんながみんな、お前を怖がってるわけないだろ? 俺が今までお前にこうやって突っかからなかったのは――」

 怖いからではない。

「眼中になかっただけだ」

 いつだって言えたのだ。レーヴェにはそれで失うものなどありはしないから。

「お前は、自分が何を言っているかわかっているのか」

 公衆の面前で恥をかかされた公爵令息は、憤懣やるかたないといった様子である。
 ウィリエンスからしてみれば、イカれた行為だろう。口に出したところでレーヴェが得することなどないのだから。

「言っておくが、突っかかってきたのはそっちだぜ。カロンを含めて、お前のせいで何人辞めた? さすがに俺のせいにするのは虫が良すぎるよな」

 レーヴェは凄むように一歩踏み出した。ウィリエンスは怯まない。驚愕は薄れていき、憎悪に取って代わる。

「ウィリエンス、この屑め! 四男に生まれて家で威張れないから、ここで横柄な態度をとって威嚇するなんて、俺は哀れみすら催すね。同情するわ。むなしい男だ」

 明らかに、ウィリエンスの目の色が変わった。痛いところを突かれたのだろう。

「貴様!」

 殴りかかってきたので、レーヴェはよけた。すぐにこちらからお見舞いしてやる。
 怒りで視野が狭くなっていたのか、ウィリエンスは拳をもろに頬に受けて吹っ飛ぶ。
 だが、ウィリエンスは別に口だけでかい男ではない。それなりに実力はあるのである。目を回すでもなく立ち上がると、また飛びかかってきた。

 そこからは大乱闘だった。
 ウィリエンスの取り巻きも加わり、レーヴェも暴れに暴れた。退散する者、止めに入る者。野次馬を決めこむ者。
 ようやく事態が収束したのは、呼ばれて駆けつけた何人もの教官に当該者達が押さえつけられた末のことだった。

 引きずっていかれなければ、レーヴェは翌日まで相手を殴りつけていたかもしれない。
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