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第一部 聖剣とろくでなし

29、公爵令息の茶番

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 * * *

 カロンはすぐに手続きをして出て行った。病気を理由にしてのことだったが、そうでないらしいとの噂は広まっていた。
 レーヴェは常々不思議に思う。噂というものはどうやって立ち、どのようにして広まっていくのだろうか。誰が聞きつけ、誰が見たのか。

 どこにでも、人の目や耳があるというのをよく聞きはするけれど。
 食堂で食事を終えたレーヴェのところにやって来たのは、取り巻きを連れたウィリエンスだった。

「レーヴェルト・エデルルーク」

 偉そうに名前を呼んで見下ろしてくるウィリエンスを、改めててレーヴェは観察する。長身に、輝く金の髪、顔立ちは整っているし、少し厚めの下唇は色っぽく、色男ではある。かなりの美形なのだ。

(カロンの奴は面食いなのかもしれないな)

 自慢ではないが、レーヴェも顔は良い方だと言われている。ただ、ウィリエンスとはタイプが違った。カロンは繊細な造りが好みなのだろう。
 もし自分がカロンに惚れられていたらどうなっただろうか。

 ――別に、どうもなりはしないか。

 毎晩ヤリまくるだけの関係だ。そしてウィリエンスから誘われたカロンが悩み、三角関係にもつれこんで結局滅茶苦茶になるのかもしれない。
 そうならなくてよかっただろう。

「お前に話がある」

 整った鼻梁に冷たい瞳。いかにもお高くとまったお坊ちゃんは、威圧的に声をかけてくる。

「悪いが、こっちは話すことなんてない」

 立って席を離れようとしたが、ウィリエンスが立ちはだかった。
 だんだんとレーヴェは機嫌が悪くなってくる。カロンのことがあったからではない。単純に、嫌いな奴に絡まれるのが不愉快なのだ。レーヴェは好悪がはっきりしている。
 性格以前に、こういう顔が好きではない。好きでないものを前にしていると嫌な気持ちになってくる。

 ――鬱陶しい。

「カロンのことだ。お前はカロンと同室だったな。どうしてカロンは訓練生を辞めたんだ?」
「知らねーな」
「病気ということになっていた。建前はな。皆信じたさ。近頃彼は随分元気がなかったし、顔色も悪かった」
「じゃあ病気なんだろ」

 胸の中に、ドロドロとした黒いものが湧いてくるような気配がした。時々こういうことがあって、それは溜まり続けて凶暴な力へと変わっていく。発散させるには誰かを抱くか殴るしかない。
 ミルドがいつだか言った。若い時は誰だってそういうことがある、と。だがお前の毒は特に良くない。
 お前は己の作った毒で、我と我が身を滅ぼして、そして周囲を道連れにするだろう。

(知るかよ)

「私は病気ではないと思っている。レーヴェルト、お前は」

 レーヴェは胡乱な目つきで綺麗な顔を見上げた。

 ――これは、一体何の茶番なんだ?

「カロンを強姦したんだろう? もっぱらの噂じゃないか。私の耳にも届いている」

 それだ。どうしてそんな話が広まったのか。
 カロンが言うはずもない。となるとたまたまあの時外に誰かが通りかかって、声でも聞きつけたのかもしれない。

 要するに現在、カロンがここを辞めたのは、レーヴェの性暴力に耐えかねて、ということになっている。
 犯したのは本当だから、訂正する必要はない。というか、どう噂されようがどんな目で見られようが、レーヴェには問題ではなかったのだ。

「で?」

 レーヴェは否定も肯定もせずに聞き返す。

「良心の呵責というものを感じないのか? お前は。一人の若者の未来を潰したんだぞ」

 喜劇の登場人物にでもなった気分だった。カロンを乱暴しただろうと糾弾しているのが、他でもないウィリエンスなのだから。
 だが、レーヴェもウィリエンスの目的は察していた。

 要するにだ。

 ウィリエンスはレーヴェが気に食わないのだ。特別扱いされ、自分より目立っている――実際は特別扱いなどされていないし、目立つといっても悪目立ちなのだが――レーヴェルト・エデルルークが目障りなのだ。
 お気に入りでこれから遊んでやろうとしたカロンに手をつけられたのも不満なのだろう。
 口ではカロンがどうこう言っているが、カロンのことなどどうでもいいのだ。辞めようが死のうが、何とも思わないだろう。

 ――何であんなのが好きなんだ?

 レーヴェはあの後、カロンに聞いた。カロンは首を横に振るだけだ。

 ――玩具にされてるんだぞ。お前の体以外に興味なんてないぜ、あいつは。
 ――わかってる。わかってるんだ。でも、最初から私はあの人に憧れていて、汚い人だと知っていても、かけられる優しい言葉が偽りだとわかっていても、嫌いに、なれなかった。見ていると、胸が苦しくて。
 ――わかんねぇ。
 ――誰かを好きになるってさ、理屈じゃないんだよ。
 ――馬鹿みたいだな。
 ――そうだよ。馬鹿だ。私は。

 けれどやっぱり、妙な恋心を捨てきれなくて、狂う前にカロンは離れたのだ。
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