29 / 115
第一部 聖剣とろくでなし
29、公爵令息の茶番
しおりを挟む* * *
カロンはすぐに手続きをして出て行った。病気を理由にしてのことだったが、そうでないらしいとの噂は広まっていた。
レーヴェは常々不思議に思う。噂というものはどうやって立ち、どのようにして広まっていくのだろうか。誰が聞きつけ、誰が見たのか。
どこにでも、人の目や耳があるというのをよく聞きはするけれど。
食堂で食事を終えたレーヴェのところにやって来たのは、取り巻きを連れたウィリエンスだった。
「レーヴェルト・エデルルーク」
偉そうに名前を呼んで見下ろしてくるウィリエンスを、改めててレーヴェは観察する。長身に、輝く金の髪、顔立ちは整っているし、少し厚めの下唇は色っぽく、色男ではある。かなりの美形なのだ。
(カロンの奴は面食いなのかもしれないな)
自慢ではないが、レーヴェも顔は良い方だと言われている。ただ、ウィリエンスとはタイプが違った。カロンは繊細な造りが好みなのだろう。
もし自分がカロンに惚れられていたらどうなっただろうか。
――別に、どうもなりはしないか。
毎晩ヤリまくるだけの関係だ。そしてウィリエンスから誘われたカロンが悩み、三角関係にもつれこんで結局滅茶苦茶になるのかもしれない。
そうならなくてよかっただろう。
「お前に話がある」
整った鼻梁に冷たい瞳。いかにもお高くとまったお坊ちゃんは、威圧的に声をかけてくる。
「悪いが、こっちは話すことなんてない」
立って席を離れようとしたが、ウィリエンスが立ちはだかった。
だんだんとレーヴェは機嫌が悪くなってくる。カロンのことがあったからではない。単純に、嫌いな奴に絡まれるのが不愉快なのだ。レーヴェは好悪がはっきりしている。
性格以前に、こういう顔が好きではない。好きでないものを前にしていると嫌な気持ちになってくる。
――鬱陶しい。
「カロンのことだ。お前はカロンと同室だったな。どうしてカロンは訓練生を辞めたんだ?」
「知らねーな」
「病気ということになっていた。建前はな。皆信じたさ。近頃彼は随分元気がなかったし、顔色も悪かった」
「じゃあ病気なんだろ」
胸の中に、ドロドロとした黒いものが湧いてくるような気配がした。時々こういうことがあって、それは溜まり続けて凶暴な力へと変わっていく。発散させるには誰かを抱くか殴るしかない。
ミルドがいつだか言った。若い時は誰だってそういうことがある、と。だがお前の毒は特に良くない。
お前は己の作った毒で、我と我が身を滅ぼして、そして周囲を道連れにするだろう。
(知るかよ)
「私は病気ではないと思っている。レーヴェルト、お前は」
レーヴェは胡乱な目つきで綺麗な顔を見上げた。
――これは、一体何の茶番なんだ?
「カロンを強姦したんだろう? もっぱらの噂じゃないか。私の耳にも届いている」
それだ。どうしてそんな話が広まったのか。
カロンが言うはずもない。となるとたまたまあの時外に誰かが通りかかって、声でも聞きつけたのかもしれない。
要するに現在、カロンがここを辞めたのは、レーヴェの性暴力に耐えかねて、ということになっている。
犯したのは本当だから、訂正する必要はない。というか、どう噂されようがどんな目で見られようが、レーヴェには問題ではなかったのだ。
「で?」
レーヴェは否定も肯定もせずに聞き返す。
「良心の呵責というものを感じないのか? お前は。一人の若者の未来を潰したんだぞ」
喜劇の登場人物にでもなった気分だった。カロンを乱暴しただろうと糾弾しているのが、他でもないウィリエンスなのだから。
だが、レーヴェもウィリエンスの目的は察していた。
要するにだ。
ウィリエンスはレーヴェが気に食わないのだ。特別扱いされ、自分より目立っている――実際は特別扱いなどされていないし、目立つといっても悪目立ちなのだが――レーヴェルト・エデルルークが目障りなのだ。
お気に入りでこれから遊んでやろうとしたカロンに手をつけられたのも不満なのだろう。
口ではカロンがどうこう言っているが、カロンのことなどどうでもいいのだ。辞めようが死のうが、何とも思わないだろう。
――何であんなのが好きなんだ?
レーヴェはあの後、カロンに聞いた。カロンは首を横に振るだけだ。
――玩具にされてるんだぞ。お前の体以外に興味なんてないぜ、あいつは。
――わかってる。わかってるんだ。でも、最初から私はあの人に憧れていて、汚い人だと知っていても、かけられる優しい言葉が偽りだとわかっていても、嫌いに、なれなかった。見ていると、胸が苦しくて。
――わかんねぇ。
――誰かを好きになるってさ、理屈じゃないんだよ。
――馬鹿みたいだな。
――そうだよ。馬鹿だ。私は。
けれどやっぱり、妙な恋心を捨てきれなくて、狂う前にカロンは離れたのだ。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました
昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる