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第一部 聖剣とろくでなし

28、誤解と恋

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 ウィリエンスがカロンのような美青年を放っておくわけがない。奴の好みは可愛らしい男だというのはレーヴェの耳にも入っていた。

 カロンとウィリエンスが妙な視線を交わしていたり、カロンがウィリエンスを避けようとしていたところからしても想像がつく。ウィリエンスに誘われているのだろう。

 カロンは――断れる立場にない。カロンの家はしがない伯爵家なのだ。伯爵家といってもいろいろあるが、彼の家は大した権力も財力もない下級貴族である。

「あ、あの人は……」

 カロンは目を泳がせた。そんなカロンの手首を強くつかんで寝台に押しつける。痛みを感じたらしく、カロンが顔をしかめた。

「いいか? お前はここじゃ家柄の問題があって立場が弱い。それに、実力からして反抗できないだろう。こんな風に――力ずくで」

 無理矢理膝を割らせて、脚を開かせる。カロンは声にならない悲鳴をあげた。

「犯されるだけだ。今後お前はそういう役回りになってくる。確実にな」

 ウィリエンスに目をつけられているのだから、遊び道具にされるに決まっている。たまに呼び出されて輪姦されて、慰み者にされるのだ。
 気に入られて取り巻きにしてもらえればそれなりに甘い汁も吸えるかもしれない。
 だが、カロンには無理だ。こいつは、真面目すぎる。おそらく耐えられずに壊れるだろう。

 だから、さっさとわからせるに限るのだ。
 レーヴェは嫌がるカロンを押さえつけ、「わからせて」やった。
 屹立したそれを無理にねじ込んで、奥を穿つ。

「あ……っ、なんで……、こんな……!」

 カロンは体を揺すられながら、涙をこぼしてうめいた。

「どうだ? 女になった気分は。みじめか?」
「ぃ、あ……レーヴェルト……! んぅっ」

 カロンの抗議の声はか細かった。それも次第に消えていき、微かな喘ぎ声に変わっていく。

 ――妙だな。

 レーヴェはカロンに抽送しながら、違和感を覚えていた。
 想像していた反応と違う。
 もっと無茶苦茶に暴れて拒むだろうと思っていたのだが。怒りもしないし助けも呼ばない。嫌だという言葉に真剣味がこもっていないし、見ようによっては従っているようでもある。

 これではなんだか――。
 と頭の片隅では思いつつ、腰の動きは止まらない。やはり男も悪くはないなという感想を抱く。穴ならなんでもいいというほどではないものの、自分は特に性別にこだわりはないようだった。

 堪えきれない声が漏れ、眉根を寄せる青年の姿は情欲をかき立てる。先走る液体がカロンの先端からこぼれて自身のものを濡らしている。
 ぷっくりと膨れる胸の飾りも、レーヴェに散々いじめぬかれて充血していた。

「こんなことするためにここに来たのか? カロン」
「……っ、は、……あッ」
「やめた方が身のためだぜ。ウィリエンスの毒牙にかかったら最後だ。嫌だろ? こうやってさ、男に突っ込まれてよがるなんて」
「……、レーヴェ……、私、は」
「これからお前を待ってるのはこういう道だ。みんなから女の子扱いされて、それで出世したって嬉しかないんじゃないのか」
「レーヴェルト……っ、あっあああ!」

 執拗に責められたカロンは達して脱力する。横たわるカロンの姿は、日頃からは想像できないほど艶っぽかった。
 レーヴェルトの違和感はさらに強まり、疑惑が徐々に確信へと変わっていく。

 もしかすると、自分はとんだ勘違いをしていたのかもしれない。そしてその後カロンの口から語られた言葉が、その想像を裏付けした。

「……レーヴェルト……」

 犯されて果てたカロンは、虚ろな目でどこかを見ながらのろのろと喋った。

「君は……なんだか……少し誤解をしている……みたいだ」

 カロンは微笑を浮かべた。

「私が怖いのは、私自身だ。君は、私が真面目な堅物だと思っていたんだろう? 私も、自分をそういう人間だと信じていた。だけど……」

 自嘲するような口調。笑みは歪な形をしている。

「私は……男が好きみたいなんだ。触られると……興奮する。もっと、いやらしく触ってほしいという、欲求が……」

 カロンは言葉を詰まらせた。
 震える手を目元まであげ、腕で顔を隠す。

「どれほど自分を、不潔な人間だと呪っただろう。でも、どうしようもなかった。実際こうして、君に抱かれても、少しも嫌じゃない。私はきっと淫乱なんだな。君が忠告した未来が訪れても、悲嘆に暮れるどころか喜ぶかもしれない」

 本気で抵抗していないように感じたのは、気のせいではなかったらしかった。そうだ。確かにこいつはどこか、喜んでいた。演技でいくら嫌がっても、そういうものは隠しきれないものだ。

「私はもう、ウィリエンスに犯されたんだ。断れなかったよ。君が初めてじゃない」

 そこだ。反応を見る限り、初めてのようには思えなかったのだ。
 呟くように話していたカロンだったが、感情がかたぶってきたのか、にわかに呼吸が荒くなった。

「私……、私は……、愚かだ。私は……!」

 カロンは大粒の涙を流し始めた。しゃくりあげながら気持ちを吐き出す。もはや耐えきれないとでも言うように。

「私はウィリエンスが好きになってしまったんだ!」

 さすがのレーヴェにも思いも寄らない告白だった。沈黙しながらカロンの言葉を聞いていたレーヴェだったが、口を開く。

「あいつがどんな野郎か知らんわけじゃないだろ」
「わかっている! ろくでもない人間だ! けれど好きになってしまった!」

 カロンは嗚咽をもらしている。その姿は実に痛々しかった。
 要するに真面目なカロンは、この男だらけの宿舎に入り、自分が同性を好きだと自覚して戸惑ってきていたらしい。そして好色なウィリエンスに案の定目をつけられ、体を奪われた。そのことで、男に抱かれるのに目覚めてしまったのだろう。煩悶の原因はそれだ。

 正しく真っ当に生きてきた自分の中にある淫靡なものの芽生えに激しく動揺していたのだ。
 きっかけを与えたウィリエンスに勘違いに近い好意を持ってしまったのか、真実好きになってしまったのか、それはレーヴェにも判断はつかなかった。

「気味が悪いだろう、男が好きだなんて」

 止まらない涙を拭いもせず、カロンは言った。

「俺が抱いた後にそれを言うか? ウィリエンスだって男を抱いてるだろ」
「抱くのはただの性欲処理で、好きなわけじゃない。私のは感情の問題だ」

 確かにウィリエンスは男しかいないから男で用を足してるわけで、女がいればそっちを相手にするだろう。
 レーヴェはしばし首をひねって考えていたが、軽くため息をついた。

「俺の個人的意見だが、別に同性を愛したからって気味は悪くない。たとえば俺とお前が好き合ってるとするだろ? お互い好きなのに気持ち悪いことがあるか?」
「他人はそうは思わない」

 レーヴェに言わせれば、周囲のうるさい輩はみんな口をきけなくしてやればいいのだが、現実問題そうはいかないのだろう。社会という枠組みの中で生きていく以上、人の目とか評判とか、そういうものは気にせざるをえない。
 鬱陶しいな、とレーヴェは思う。

 だから嫌なのだ。世の中というやつが。常識とか、他人とか、面倒なもの全てが。

「とにかく、ウィリエンスはお前を好きにならないぜ。恋するだけ不毛だな」

 恋、という言葉を口にした瞬間、首筋が痒くなった。そんなものに思いを馳せる柄ではない。
 ただ、カロンのはきっと恋なのだ。肉欲ではない。だからこうやって苦しんでいる。
 こいつはやはり、馬鹿みたいに真面目なのだ。

「わかっているよ。私はここにいると、きっと駄目になる。遠からぬ未来に、何か問題を起こすだろう。それは家にも迷惑をかける。迷惑くらいで済めばいいが」
「馬鹿だなお前。勉強しすぎで頭おかしくなったんだよ。趣味が悪すぎる」

 よりによってウィリエンスだ。呆れてしまう。
 カロンが想いを諦めきれず、何らかの行動を起こしたり暴走すれば、それは破滅の道をたどる。色恋沙汰の泥沼は、レーヴェも自分は足を踏み入れたことがなかったものの何度か見聞きしているのだ。

「自分でもそう思うよ。でも、どうしようもない」

 カロンは笑って、ようやく涙を拭った。
 どこか吹っ切れたらしく、愛らしい少年のような顔を困ったように歪めていた。

「騎士を目指すのはやめる。ここを出て行くよ。君の言うように武人には向かないようだ。文官になれるよう努力する」
「それがいいな」

 カロンは全てを吐き出しきって、魂が抜けたように呆然としていた。裸でうつむく姿を見ていると、出て行くべきだとレーヴェは改めて確信する。
 なんとなく「その気」にさせてしまう男というものはいるもので、まさしくカロンはそういう男だったのだ。

「一つお願いがあるんだ、レーヴェルト。餞別に、もう一度だけ抱いてくれないか。君とのは、悪くなかった」
「まあ、いいけど」

 悪くないというのは同意見だった。好きとか嫌いとかそういう話ではなく、相性が良かった。

「君を好きになれたら、私は幸せになれたかな」
「よせよ。俺は面倒な奴は御免だ」

 カロンは苦笑して横たわり、レーヴェがその上にかぶさった。

 ――なんで、俺よりは少しマシというくらいのウィリエンスのクソ野郎なんかに惚れるかね。

 レーヴェには、恋しいという気持ちがわからない。真剣に考えたこともない。自分には生涯、縁のないものなのだろうとしか思えなかった。
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