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第一部 聖剣とろくでなし
26、憂いを帯びた目
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レーヴェが食堂で食事をする時、何やら液体を垂らしたり、一口目は少量を舐めるようにするのを見て、カロンは不思議がっていた。
「君の食べ方は変わっているな」
こういう男なので、食べ方だってがさつでガツガツしていると思っていたのだろう。レーヴェもちまちま食べるくらいならかきこむ方が好きだが、後で泡を吹いて倒れる羽目になるのはたまらない。油断は禁物である。
レーヴェがここへ来て、数ヶ月経った。感想は「酷くくだらない場所で、何の足しにもならん」といったところだ。図書室があるのは悪くない。が、王都内なら特に気は抜けないし、行動を制限されるから窮屈だ。教わることは初歩的で形式ばかり気にしたものでしかなく、役に立たない。
「君、もう寮を脱出して夜遊びするのはやめてくれよ。同室の私が叱られる」
「部屋を替えてくれって頼むんだな」
カロンはげっそりしていた。レーヴェと同じ部屋だと心労が絶えないのだ。
「ここのところ、やけに元気がねーな、カロン」
「……そうかな」
しかしカロンがやつれているのはレーヴェだけが原因ではない。観察能力が高いレーヴェはそれを見抜いている。
顔色、目つき、言葉の節々。そういうものから悩みの原因はある程度予想がつく。ましてやカロンは温室育ちの素直なお坊ちゃんだ。
憂いを帯びたカロンの目が、近くを通り過ぎる人物にちらりと向けられる。
ウィリエンスという男が、取り巻きを連れて歩いて行くところだった。
レーヴェは貴族に詳しくない。気になるのはそいつの力量だけで、家柄などどうでもいいのだ。だがこのウィリエンスという奴は目立つので、どうしても情報が入ってくる。
何でも王家の血族である、さる公爵家の四男らしい。騎士見習いの中では身分が一番上だと言っていいだろう。
というわけでこのウィリエンスは威張っている。高身長でかなりの美男子でもあるが、高慢だ。剣の腕は悪くはなく、全体的に成績は良い。話によると、一番なのはエデルルークのイーデンらしいから、ウィリエンスは二番なのだろう。
レーヴェが不躾な視線を向けていると、それに気づいてウィリエンスもこちらを見る。ゴミでも見るような目つきである。
(まあ、気に食わないんだろうな、俺が)
レーヴェを気に入っている人間などそもそも存在しないのだが。
下品で粗暴な男が、聖剣の使い手でありしかもそこそこ実力があるというのがウィリエンスは認められないのだろう。しかもレーヴェはウィリエンスに対して全く敬意を払わない。公爵家の人間である自分に礼節のある対応をしない輩はウィリエンスにとって憎む対象になるのだろう。
(とんだ馬鹿坊ちゃんだな。アホくさ)
偉いのはお前じゃなくて、お前のお家だろ。
結局役に立つのは知識と経験と実力だ。王家も公爵家も、世間ではその威光のおかげで豊かな暮らしができるだろうが、単独行動を取っている時に襲われたり毒を盛られたらおしまいなのである。
社会の立ち位置よりも個体としての強さをレーヴェは重んじていた。
ウィリエンスは次に、カロンを見る。カロンは慌てて目をそらした。ウィリエンスが薄く笑う。
あの男は中身は実にくだらないが、顔はとにかく美形なのだった。確かに高貴な顔立ちではある。
カロンは手を握りしめ、うつむいていた。ため息をついている。
そんなカロンとウィリエンスを眺めてから、レーヴェは食事を再開した。
* * *
カロンは部屋でぼうっとすることが多くなった。
移動する時も忘れ物が増えた。今まではなかったことである。注意力が散漫になっていた。
となると稽古などにも力が入らず、怪我も増える。先日など乗馬の訓練で落馬して、危うく馬に踏みつけられかけた。
教官などから叱責を受け、どうにか集中しようと苦労していたが、上手くいかない様子だ。
明らかに、深い悩み事があるらしかった。
部屋にしつらえられた机に向かい、カロンは頭を抱えてため息をついている。レーヴェがどこへ出かけようが気にとめず、朝帰りしても声さえかけない。不眠気味なのか日毎に目の下のくまは濃くなり、食欲もなさそうだ。
廊下でウィリエンスの姿を見かけたカロンは、向こうに気づかれる前に大慌てで柱に身を隠していた。
(馬鹿みたいにわかりやすい奴だな)
素直な性格故だろうが、あそこまでわかりやすく煩悶しているのはもはや滑稽だった。本人は悩みが深刻らしく、すっかりやつれてきているのだが。
吹き抜けの手すりにもたれているカロンに、レーヴェが後ろから声をかける。
「身投げするなら手伝ってやろうか。押してやるよ」
驚いて肩をびくつかせたカロンだったが、振り向いて声の主が同室のレーヴェだと知ると、ため息をつく。
「ここから落ちたところで死ぬものか」
「頭から落としてやる」
「とんでもないことを言う男だな、君は……」
レーヴェはしばし、やつれたカロンの顔をながめてから、口を開いた。
「そんなに嫌ならやめちまえよ」
「そうもいくまい」
レーヴェがはっきりと何のことだか言わなかったのにも関わらず、伝わっていたようだ。
カロンは真面目なのは結構だが、さほど実力がある方ではない。武器を持つにはもともと向いておらず、どうにかついていっているという状態だ。それも彼にとってかなりのストレスになっているに違いない。
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