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第一部 聖剣とろくでなし

25、同室の青年

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 * * *

 騎士養成校は寮制で、皆入寮するよう定められている。レーヴェも例外ではなかった。良家の子息ばかりが集まっていて、厳しいながらなんとも「お行儀の良い」雰囲気だった。
 レーヴェが部屋へ向かって歩いていると、通り過ぎる騎士見習いの生徒達がちらちらと視線を投げてくる。レーヴェにというより、腰のものにだ。

 それなりに話は伝わっているのだろう。聖剣の使い手がやって来たのだと、生徒達はにわかにざわついていた。

「おい、あんまりじろじろ見んなよ」

 レーヴェは凄んで、青年達を退散させた。
 部屋は二人部屋だそうだ。入ると、同室の青年が出迎える。
 色素の薄い髪色をした、色白の男だった。どこぞの伯爵の息子らしい。貴族らしくお上品で、イーデンと似たタイプだった。名はカロンという。

「宜しく、レーヴェルト・エデルルーク」

 やや緊張した様子でカロンは手を差し出してきた。おそらく、レーヴェがどのような人間であるか、噂くらいは耳に入っていて、内心怯えているのだろう。伯爵令息なら当然だが、素行の悪い輩などと交流はしたことがないはずだ。

 聖剣の使い手であり、エデルルークの鼻つまみ者。噂は尾ひれがつくものだが、ついていないとしてもレーヴェの行状については聞くに耐えないものばかりだろう。
 どこか怯えるカロンの目も、好奇心を抑えられずに聖剣に何度も向いていた。
 レーヴェは少し黙ってカロンの手を見ていたが、ゆっくりと手を握り返した。

「ああ、宜しくな」

 予想外の反応だったらしく、カロンは驚いている。無視されるか、突き飛ばされるくらいはされると思ったのだろう。それでも自分は礼節を守る者として、相手がどんな人間であろうときちんと挨拶をするところを見せたのだ。

 レーヴェが握手に応じたので、カロンは嬉しそうな、安堵したような顔をしていた。はにかむ顔に眩しさすら感じる。
 全く、これだからお坊ちゃんというやつは単純である。

 確かに騎士を目指して鍛えてきたようだから、軟弱そうではないけれど、中身が甘ちゃんだ。しょせんは十七歳の貴族の坊々。
 不良と同室になることになって身構えていたが、案外上手くやれそうだとでも思ったのだろうか。
 レーヴェは笑った。カロンには、この笑みの意味は想像がつかないだろう。

 ――くれぐれも問題行動は起こさないようにな。

 トリヴィスの忠告が耳の奥でよみがえる。
 レーヴェのような人間には、「やるな」の言葉は「やれ」に聞こえてしまうのだ。


 養成校での生活というのは実に退屈だった。
 乗馬や剣術の訓練があるが、内容が生温くてやっていられない。正直今更教わるようなことでもないし、レーヴェに言わせれば「ごっこ」みたいなものだった。

 座学もあるがこっちも極めてつまらない。当然のようにレーヴェはサボった。
 起きる時間だの寝る時間だの食べる時間だの細かく決められており、外出は基本的には禁止。教師や先輩の言うことは絶対。

 鬱陶しい、の一言である。武人は強ければいい。もちろん、軍隊は規律がなければ緩むだろう。まあ、それは理解できなくもないから文句はないが、自分は向いてないなと改めて実感した。
 誰かに命令されて、それに従うのが大嫌いなのだ。

「レーヴェルト、君、またサボりか。いい加減、懲罰を食らうぞ」

 座学から戻ったカロンが眉をひそめ、寝台で惰眠をむさぼっていたレーヴェに声をかける。

「具合が悪いんだよ」
「顔色は良いみたいだがな……」

 カロンはレーヴェの顔をのぞきこんだ。誰が見ても仮病である。
 だがそこはお人好しのカロンなので、疑いながらも仮病だろうなどと詰め寄ったりはしない。

「次の剣術の授業は、是非とも君を連れて来るよう、教官から言いつけられているんだ」

 この言い方は、相当強く命令されたらしい。カロンは弱り切った表情をしている。彼は幼い顔立ちをしており、なかなかの美青年だった。曇りのない明るい瞳に、魅力的な紅顔。眉を下げると小動物のような顔になる。
 レーヴェとしてはどれほど目をつけられようが構わないから無視してもよかったのだが、どうもカロンが気の毒だから、たまには出向いてやるかと起き上がる。

 成績優秀で真面目なカロンは、レーヴェの監視役に抜擢されたのだろうが、ただ見ているだけでどうにもできていない。そのせいで教官からのあたりも強くなっているのだろう。
 可哀想に。貧乏くじを引いたわけだ。

 とはいえレーヴェは、カロンが罰されようが自分が懲罰房に入れられようが、誰が癇癪を起こそうが追い出されようが構わない。体を起こしたのは気まぐれだ。たまには剣を振らなければ体がなまる。

 ただ自分でも意外だったのが、カロンとは特に揉めることもなく生活をすることができていた。気が合う、というわけではない。優等生じみた奴は基本的に大嫌いなのだが、カロンはどこか抜けているというか、素直すぎて喋っていると毒気を抜かれるのである。レーヴェが突っかからなければ問題は起きないのだ。


 カロンの後をついて廊下を歩いていると、前方からイーデンが仲間と連れ立って歩いてきた。何度か施設内で見かけたが、まだ会話は交わしていなかった。
 今回も、イーデンはレーヴェに視線を寄越したが、レーヴェは無視をした。話すことなどない。

 稽古場に到着すると、何人もの見習いと教官が待っていた。皆、レーヴェの腰に視線が吸い寄せられる。
 ここではレーヴェのみが、帯刀するのを許されていた。聖剣が特別なもので、レーヴェにしか扱えないからだ。
 剣を持つのを許されていることなどから、他の者はレーヴェが特別扱いされていると思っている。だから稽古や座学などを休むのを許されているのではないかと疑っているのだ。

 しかし実際のところ、そんなことはない。レーヴェは数え切れないほど叱られているし、しかし聖剣の使い手であるのは否定しようもない事実なので扱いにくく、教官には厄介者と思われていた。
 二人一組となって打ち合いをする。

(子供の剣術教室じゃねぇんだっつーの)

 げんなりしながらレーヴェは精一杯手を抜いて稽古をした。
 横目で様子をうかがうと、カロンは相手に押されていた。

(頭で考えて動くタイプだな。ああいうのは、戦に出たらすぐ死ぬ)

 休憩時間になり、レーヴェはカロンに近寄った。

「カロン。相手の攻撃を待って、よけてからやり返そうとするなよ」
「だが、この場合はこう、と教わったし……」

 息を切れさせ、頬を紅潮させているカロンは、稽古用の剣を型通りに振った。
 レーヴェは戦の経験はないが、殺し合いの経験は多い。確かに剣を教わる時は無闇に振れとは言われず、一応型のようなものはあった。

 だが型は型だ。お互い示し合わせて戦うわけもなく、戦いが始まればとにかく相手を倒すのが重要になってくる。

「いいか、こういう時は引くな。前に出ろ」

 とレーヴェはカロンに攻め方を教える。カロンは体力がない。攻撃を受け止め続けていればもたない。先に攻めるしかないだろう。

「で、負けそうになったら逃げる」
「騎士たるもの、敵前逃亡なんて卑怯じゃないか」
「命あっての物種って言うだろ」

 こいつは軍人になるのに向いてなさそうだな、となんとなくレーヴェは思った。純粋すぎる気がする。カロンは騎士になれば長生きはできないだろう。文官を目指す方がよい。
 レーヴェは人の動きを観察するのが得意で、向き不向きだとか弱点だとかを見抜く力があり、自分でもそれを感じていた。

 騎士見習い達の戦い方を見ていると、こいつは伸びる、こいつは駄目だ、というのが大体わかる。自分の相手として不足なし、と言える人物がほとんどいないので稽古に身は入らないが、そうして観察して勝手に評価するのは面白くないでもなかった。

「レーヴェルト・エデルルーク。手を抜くな」

 教官に声をかけられたレーヴェは薄く笑う。

「俺の相手になるようなのがここにはいないんでね。教官が相手をしてくれませんか?」

 笑いながらそう言うと、教官の男は顔をしかめた。彼はレーヴェの力を知っている。「いいだろう」と受けて立ったのは矜持のためか。
 レーヴェは笑みを深めて、稽古用の剣を手にとった。

(俺は、顔を立ててやろうなんていう細やかな気配りはできねーぜ、教官殿)

 周囲に敵が増えていくことは、レーヴェにとって何ら抵抗がなかった。
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