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第一部 聖剣とろくでなし

24、騎士養成校

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 家を出る日、ミルドからはこれといって惜別の言葉も労いもなかった。それでいい。言われたら気味が悪い。
 レーヴェも、いつも出かける時と同じ調子で出て行った。

 騎士養成校は広い王宮の敷地内に付属していて、騎士団が生活する建物に隣接している。ゆくゆくは騎士団の一員となる者がそこにいるのだから当然だろう。
 しかしどういう経緯があってレーヴェの入学を認めたのか知らないが、認めた奴は馬鹿だと思う。エデルルークは断固として反対するべきだろう。

 おそらくイーデンも養成校に入っている。
 レーヴェが聖剣など携えてやって来たら、イーデンの立場がないではないか。
 まあ、レーヴェの知ったことでもないのだが。

 一人遅れての入学になるので、式などはない。だが、養成校の責任者とは顔を合わせる運びとなった。レーヴェは会いたくなかったのだがそれは向こうも同じだっただろう。立場的に会わざるをえなかったのだ。
 責任者というのは、トリヴィス・エデルルークだった。要するに彼はここの校長のような役割をしており、騎士団の方も監督している。

 部屋に呼ばれたレーヴェは、トリヴィスと二人きりの対面を果たした。

「久し振りだな、レーヴェルト」

 にこりともせずトリヴィスは甥を迎えた。腰に帯びる聖剣に視線を投げて、目を細める。

「心は入れ替えられなかったようだな」

 レーヴェの素行については詳しく調査され、この男に随時報告されていたのだろう。
 誰のために、何のために心を入れ替えるのだ? エデルルークのためか? 冗談ではない。
 レーヴェは鼻で笑った。

「ここに俺を呼びたくなかったって面してるぜ、あんた。責任者なら、俺を養成校に入れないよう話をまとめることだってできたんじゃねーの?」

 以前にも増して不貞不貞しい態度となったのが我慢ならないようで、トリヴィスの表情がより硬化していく。話で聞いて想像していたより酷いのだろう。

「この国には聖剣が必要だ。聖剣はただあるだけでは飾りも同じ。使い手がいなければならない。それはお前だ、レーヴェルト。お前には使い手に相応しい人間になってもらわねば困るのだ」
「ああそう。馬鹿みてぇな話だな」
「我々とて、お前が選ばれてほしいなどとは思っていなかった。これは事故も同然だ。諦めて運命を受け入れろ」

 押しつけがましいことこの上ない。
 まずは謝罪が先なのではないか? 何故かそっちが被害者面をする。お前なんぞが選ばれて、いい迷惑だとでも言いたげだ。

 勝手な決まりを説明されて振り回されているのは、この可哀想なレーヴェルトだというのに。
 とりあえずは謝って、懇願してもいいくらいではないか。――そうされたって、頷こうとは思わないが。

「いいか、『叔父上』殿。この俺を従わせようったって無駄だぜ。俺は何度も死にかけて、うんざりしてる。繰り返すようだが名誉なんてクソ食らえで、失うものもないからな。あんまり、俺を怒らせるなよ」

 理解できない。トリヴィスの顔にはそう書いてある。膨れ上がる怒りと失望。今すぐこの場で斬り殺せたらどれほどすっきりするだろうと考えているかもしれない。
 トリヴィスにはレーヴェの言動が奇態に思え、おかしな生物にしか見えないのだろう。

 自分がレーヴェの立場であれば、恵まれた境遇に感謝するし、ただ一人しかいない聖剣の使い手に選ばれたことを誇りに思う。使命感を持って、高潔に生きる。
 全てに泥を塗り、唾を吐きかけ、踏みにじるなど、烏滸の沙汰だ。狂っているとしか思えない。そう、トリヴィスから見ればレーヴェは狂人だ。

 目角険しく睨みつけ、もう行け、とトリヴィスは言った。

「ここの規律は厳しい。くれぐれも問題行動を起こさないようにな」

 冗談で言っているのだろうか、と笑いそうになる。今までの素行の悪さを知っているくせに、場所が変われば品行方正な人間になれると?
 しかし、思っていなくてもそう言うしかあるまい。まさか「問題行動は前よりも抑え気味にしてくれ」なんて情けないお願いもできないだろう。

 部屋から出て行く間際、レーヴェは足を止めて振り向いた。

「奥方は――アリエラ様は息災か?」
「ああ、変わらないが」

 トリヴィスは怪訝そうな顔で答えた。レーヴェが犬猿の仲であるアリエラに「様」をつけたのが意外だったらしい。多少は敬う気持ちが出てきたのかと期待でもしただろうか。

 だとしたらおめでたい野郎だ。こっちは馬鹿にして言ってんだよ。
 にやっと笑ってレーヴェは退出した。

 レーヴェは天の邪鬼なのだ。それは小さな頃から変わらない。
 おとなしくしていろと言われれば、当然それと逆のことをしたくなるのだ。
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