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第一部 聖剣とろくでなし

23、噂話

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 * * *

 ミルドとの生活は長かった。
 同じようなことの繰り返しだ。仕事をしたり、山にこもったり。

 王都に滞在する時間が長ければ、レーヴェは不埒な遊びか勉強に費やした。主に薬に関してと、いつか使える機会があるかもしれない魔法についてだ。
 本来であれば十六で騎士養成校に入るはずだったのだが、丁度その時期に再び毒を盛られて死にかけていたのと、素行の悪さを問題視されて先送りになった。

 一年かけてレーヴェルト・エデルルークに対する処遇が検討されていたらしい。
 レーヴェはそんなことは知らないし、興味がない。拠点はミルドの借りている部屋で、ミルドの仕事を手伝ったり、鍛錬に精を出したり、殺されかけたり、殺したりしていた。

 ミルドとの生活には、初日から今日に至るまで、ほとんど変化がなかった。毒殺されかけたのは計三回だが、三回ともミルドの反応は変わりなく、淡々と看病をした。
 会話は少なくて、親しさは増したりしなかった。レーヴェが遊び歩き、問題を起こすと、説教だか嫌みだか感想だかわからないことを言うだけだ。

 十四歳で聖剣の使い手に選ばれた少年は十七歳になり、もう立派な青年になっていた。筋骨たくましく、大柄で、目つきは飢えた猛獣、いつも何かを冷笑しているように唇の端を歪ませた、いかにも性悪そうな若者になった。

 エデルルークの人間とは、使い以外は一度も接触していない。どうしているかも知らない。
 ただ、ここ数年でエデルルークの――あの女のことについて、少々知ったことはあった。
 アリエラは伯爵家の娘であり、その伯爵家はエデルルークに心酔していたそうだ。アリエラの生家には黒い噂があった。

 彼らは、都合の悪い人間を秘密裏に葬り去ることに長けていたそうだ。

「毒殺が多かったらしいぜ。その手の奴をたくさん雇ってさ。あそこの伯爵家に目をつけられたら終わりだなぁ」

 そんな噂話を酒場で偶然耳にした。

「あんまり大声で話さない方がいいぜ。お前も消されちまう」
「けど、人殺しなんて大胆だよなぁ。バレたら大事なんじゃないのか」
「だから、バレないようにやってんだよ。つまり玄人なんだな」
「でも、しょせんは噂だからなぁ」

 噂とも言い切れないな、とレーヴェは思いながら麦酒を飲んだ。

(なるほど、あの女、俺のことがまだ気になって気になって仕方ないんだな)

 ミルドも毒物に詳しく、暗殺の腕を買われて伯爵家に雇われたというところなのだろう。息子の病気がどうだとか言っていたから、その見返りに汚い仕事を押しつけられたのだ。レーヴェという問題児の面倒を任されているのも、ミルドが断れないからだろう。

 やれやれ、とレーヴェは大欠伸をした。
 明日からは騎士養成校に来いと言いつけられているのである。面倒なことこの上ないし、聖剣を持ってとんずらしてやろうと考えないでもなかったが、アリエラの出方をさぐるためにも、お貴族様達に近寄ってみてもいいだろう。

 おそらくそこは孤立無援、四面楚歌だ。だが、そんなことには慣れている。仲良しこよしなんて望んでいない。

(……てなわけで、明日からは窮屈なところで寝泊まりすることになりそうだぞ、相棒)

 テーブルの脚に立てかけている聖剣に、レーヴェは心の中で声をかけた。
 やたらと血を吸わせ続けた聖剣だが、刀身も柄も鞘も、少しもくすんでおらず、白く綺麗なままである。どれだけ汚いことに使ってもいつまでも清廉で、その姿は気高い。

 俺に相応しくなるよう薄汚れさせてやろうと躍起になった時期もあったが無駄だった。
 何度もレーヴェの命を救ったそれは、確かに相棒だった。
 高貴な聖剣に意思があったとしたら、レーヴェを非難しただろうか。無礼者、と叱っただろうか。

(お前が悪いんだぜ。俺なんかを選ぶから)

 何度そうやって聖剣に声をかけただろう。
 どう考えても面倒ごとに巻きこんだのはこの剣なのだが、レーヴェは聖剣を恨む気にはなれないのだった。
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