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第一部 聖剣とろくでなし
22、獣のようだ
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右の肩から刃が食い込み、左の脇へと抜けていく。今宵も聖剣の切れ味は抜群である。面白いくらいによく切れるから、思わず笑い出しそうになる。血は拭わなくともよかった。刀身は一滴の血すらつかず、清らかさを保っている。
血飛沫が飛び散るのを見るとレーヴェは笑う。ざまあみやがれ、と爽快な気持ちになる。一人倒すごとに己の強さを自覚する。
「わざと殺したな」
近くにいたミルドがそんなことを言った。
荷運びの護衛も今回で五度目となる。命知らずの盗賊やレーヴェの命と聖剣を狙う輩は、懲りもせず何度も現れて、散っていった。
「俺を殺しに来た奴だぜ。正当防衛だ」
「戦意は喪失していたぞ」
「だから許してやれってか? 甘いな、あんたは」
「いいや。捕まえて情報を聞き出さなくてもよかったのかと聞いている」
「……」
ミルドならおそらく、身の毛もよだつ拷問方法を知っているのだろう。聞かなくたって、その昏い目を見ていればわかる。
「俺は面倒なことが嫌いなの。さっさと殺す方が性に合うな」
痛めつけてボスが誰か白状させるなんて、骨が折れる。誰が企んだかなんて興味がない。目の前に現れた敵をただ倒せばそれでいいのである。
それにレーヴェはあれこれ仕掛けるより、たたっ斬る方が単純明快で好きだった。獣のようだ、とミルドには言われたが。
血に飢えた狂い獅子だ、と。
「随分目つきがすさんできたな、レーヴェルト」
「死にかけたんだ、そうなるだろ」
鏡なんてろくに見ないから、自分では変化はわからない。だが、穏やかな目つきにはならないだろう。今月だけでもう五人も殺しているのだから。
レーヴェは死体を足蹴にする。罪悪感など生まれるはずもなかった。こいつが悪い。殺そうとしなければ、こちらだって手を出さなかったのだから。
家宝をこうやって人斬りの道具に使っていると知ったら、エデルルークの連中はひっくりかえるかもしれないな、とレーヴェは笑いを噛み殺す。
何に使うのが正しいとされているのだか知らないが、剣というものは戦いに用いるべきだろう。自分の使い方は間違っていないはずだ。
それにやはり、この剣は敵を倒すために存在するのだろう。有事の際は聖剣と使い手が必要だそうだが、有事というやつは戦争以外考えられない。戦争というのは人を殺すのだ。今やっていることと変わらない。国のためか自分のためかというくらいの差違だ。
「なんだか最近、楽しくなってきたよ。もっと大勢で押しかけてきてほしいくらいだ。その方がいい運動になるし、より技術を磨ける」
レーヴェのあくどい笑みをしばらく眺め、ミルドは己の剣を鞘にしまった。青い二級石が微弱な光を放っている。
「お前はそうやって……」
何か言いかけて、ミルドはやめた。
「言ったところで詮方ない。お前のような人間は、誰に何を言われようが生き方など改めまい」
「わかってんじゃねーか」
ミルドがくどくど説教を垂れてくるような男であれば、レーヴェもうんざりして距離を取っただろう。しかしミルドは感情を表に出してしつこく言い募るなんてことはなかったし、抑揚のない言い方は心に響かないが耳障りというほどでもなかった。
倒木みたいな男なのだ。決して気が合うわけでもなく、好きでもないが、反感を持つには静かすぎた。
護衛ではなく、単独で荷物を届ける仕事を受けた。レーヴェとミルドは馬に乗り、港への道を駆ける。大体は宿に泊まったが、野宿の日もあった。
火の番はミルドに任せて、レーヴェは眠る。
レーヴェはもともと、あまり夢を見ない方だった。眠りはレーヴェにとってただただ暗黒で、空っぽなものだった。記憶も感情もそこにはない。闇の中を漂っている。
心地良くもなく不快でもない眠りの中で、レーヴェの意識はふと何かを察知した。急速に現実世界まで浮上し、本能が剣をつかませる。
(いや、これじゃ――ない!)
つかんだのは聖剣だったが、普段から聖剣以外の剣も携えるようにしていた。聖剣から手を離してもう一方の剣に持ち替えようとしたが間に合わず、鞘ごと持ち上げて防御の姿勢をとる。
鞘に相手の刃が食い込んだ。
「ミルド……てめぇ正気か」
「言ったはずだ。敵はいつ何時襲ってくるかわからない。眠りの中にいても油断するなと」
またである。
この不意打ちの一太刀をミルドはてんでやめようとしないので、レーヴェは嫌気がさしていた。レーヴェとしては、もうこんな訓練は不要なのだ。緊急事態に対応できるようになっていたし、殺されかけてからは注意深くなったので、気を抜かないで過ごしている。
「俺からしたら、嫌がらせ同然だぜ」
レーヴェは舌打ちをした。
気配を感じるのも得意になっていたから、それが敵であるかミルドであるかも判別可能だ。とはいえ、寝起きであれば集中力と判断力は当然下がっている。
「俺が聖剣で斬りかかったらどうすんだよ。死んでたぞ」
ミルドが相手の場合、聖剣は使わないように心がけていたのだ。ミルドは技術ではレーヴェを上回るが、単純に剣対剣の強度となれば聖剣の方が上で、レーヴェが加減を誤れば攻撃を受けてしまうかもしれない。
ミルドとて、それがわからないはずがないのだ。それなのに、やたら寝込みを襲いたがる。
「そうなったら、それまでだ」
などと言うので、レーヴェは返答に窮した。
「どうした、私を殺したら、後味が悪いか?」
「そんなんじゃねーよ。別にあんたを殺すのなんてなんとも思っちゃいないけど、聖剣で勝ったって嬉しくないからな」
いまだ、一度もミルドを倒したことはない。ミルドは敵ではないのだし、殺したって無意味で、行く場所もまた探さなくてはならないから面倒だ。
と言えば、「妙に真面目なところがある」と不思議がられた。失敬である。
「もう寝ろ」
「起こしておいて、寝ろもねーだろ」
このクソジジイ、と唾を吐いてレーヴェは横になる。
――こいつ、本当に俺に殺されようとしているわけじゃないだろうな。
何の根拠もないが、ふとそんなことを考えた。だが馬鹿らしい、とそれを打ち消す。殺すように仕向けて何の得があるだろうか。
そしてレーヴェは、悪夢すらない、ただの闇の眠りの中へと再び落ちていった。
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