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第一部 聖剣とろくでなし
21、葉巻
しおりを挟む初めの一週間は容態に変化がなく、体力ばかりが削られて地獄の日々だった。
わずかに水が飲めただけで、固形物など喉を通らない。当然、起き上がることすらできず、寝返りをうつのもままならなかった。
ようやく、果物の汁だとか野菜のスープだとかを胃が受け付けるようになる。それも口にしてはもどす、の繰り返しだったが。
髪が抜け、爪は変色した。
どうにもならない倦怠感に体が支配されてはいたが、思考する余裕は出てくる。
そしてレーヴェの中で、どす黒い憎悪が膨らみ続けた。自分を亡き者にしようとした奴への恨み、油断した自分への憎しみ。同情の欠片も見せないミルド。守りきってくれない聖剣。自分を追い出したエデルルークの一族。あの、従兄弟の母親の下衆女。
ありとあらゆるものに怒りがわいた。
「……俺が、何したっていうんだよ」
「自分の行いを棚に上げるか」
爪を見つめて呟くレーヴェに、ミルドがそう返す。
ミルドが口にするのは形としては説教だが、熱が入っておらず、それは単なる彼の感想に近かった。一般常識的な諭し方はするが、本気でレーヴェを教育しようという覇気が感じられない。
「卑怯な奴らだ。殺したかったら、正々堂々向かってくればいい」
「お前は案外真面目だな。目的を果たすのに後ろ指さされるかどうかを重視しない人間は大勢いる。むしろ大半がそうだ」
向かっていっても勝ち目がないと判断されたから毒殺に切り替えられたのだとしたら、誇らしいことではないか、とミルドは本気とも冗談ともつかないことを言う。
あの盗賊の代わりに聖剣を狙いに来た連中と、毒を飲ませた犯人は関わり合いがあるのだろうか。
見つけだしてやりたかった。そして、同じ目に合わせてやりたい。詫びはいらない。殺したい。
当分動けそうになかったから、ミルドに頼んで書物を仕入れてもらった。先日の護衛の件で、報酬はそこそこ入ったらしい。
薬物に関するものを、集められるだけ集めてもらって読んだ。エデルルーク家で家庭教師をつけてもらったのも多少は意味があったようだ。文字を読めるのはなかなか便利だった。
ミルドは薬をたくさん調合し、それはレーヴェのためのものも多かったが、売り物もいくらかあったらしかった。
レーヴェは調合の仕方や材料などをしつこく聞いて頭に叩きこんだ。書物以上にミルドの知識はためになった。
一方で、回復の方は遅かった。ミルドは「剣の加護が無ければとうに死んでいる。回復は早い」と繰り返したが、比較対象がないので納得はできない。
いつまでも体の内側の痛みはしつこく残り、引かなかった。
「どうにかしてくれよ」
「痛み止めは飲んでいるではないか。これ以上強いものはない」
「なんかあるだろ! こっちはやってられねーんだよ!」
激高して本を壁に投げつける。
普段であればこういった弱音を吐くのは何よりも屈辱的だったのだが、それほどまでに心身共に限界だったのだ。
するとミルドは黙って何か作業を初め、細長いものをレーヴェに見せた。
先っぽに火をつけると燃えて煙が昇る。もう反対側の端をレーヴェにくわえさせ、「吸え」と命令した。
「これは……」
「葉巻だ。医療用だな。どんな痛みであっても多少は軽減する。ただし、依存性があるから常用するのはすすめんな。寿命を縮める」
王都では煙草の類はそれほど普及していない。レーヴェも酒場で見たことはあったし、煙管くらいはふかしたことはある。
煙草の葉は国内で栽培されておらず、遠国からの輸入に頼っていたためにかなり高価だったのだ。
吸ってみると、頭の中がじんとした。そして少し、ぼんやりする。
半分くらいは気のせいなのかもしれないが、痛みが和らいだようだし、気持ちも穏やかになってくる。なかなか悪くなかった。
実を言うと、この葉巻の正体を知ったのは初めてだが、見たのは初めてではなかった。
「あんた、たまにこれを吸ってるよな」
「昔の仕事での古傷が痛むことがある」
「へえ」
暗殺の仕事はそれなりに危険に身をさらす。死線をくぐり抜けてきたのは間違いないだろう。
ミルドはまた薬を調合していた。すり鉢でいくつかの葉を潰し、粉末と液体を加えて混ぜる。その手つきを見ていたレーヴェの心の中に、とある疑問が芽生えた。
「どうかしたか」
あんまり黙ってじっと見つめるので、ミルドが声をかけてくる。
「別に」
レーヴェは葉巻をくわえたまま、そっぽを向いた。以降、その疑問は一度もミルドにぶつけずじまいとなった。
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