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第一部 聖剣とろくでなし
20、異変
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やっと馬車は港に到着し、無事出港するのを見守ったレーヴェ達は仕事を終えることになった。他の組とは解散し、数日休んだ後に王都に帰るとミルドは告げる。
「あんたと一緒にいなくたっていいんだろ? 俺は少し息抜きしてくる」
「知らぬ町で油断すると命取りになるぞ」
「そういう間抜けな男に見える?」
聖剣は目立たないように布でくるみ直して、けれどもすぐ抜けるように工夫はしておいた。急襲への対処は慣れてきている。盗れるものなら盗ってみろ、だ。
警戒は怠らなかったが、こんな賑わう港町で剣を振り回す奴など現れはしないと思っていた。もしまだ剣を諦めていない連中がいるとすれば、帰路で狙うだろう。ミルドはああ言うが、ほとんど心配はしていなかった。
飯を食って女をひっかけ、賭事で金をすり、いつもと変わらない遊びをする。特別それが楽しいわけでもないが、これをやっていると落ち着くのである。陰気なミルドのように部屋にこもって武器の手入れなどしていられない。
一般世間の人間から眉をひそめられるような行動こそ自分に似合っているし、そうすることで向けられる視線が、レーヴェが求めているものだった。
ろくでもない人間だ、と思われたかった。どうしてだかは知らないが。
滞在は三日ほどの予定だった。
二日目の日、だからレーヴェは明日この町を発つつもりでいた。
まさかそれが一ヶ月も延びることになるとは、夢にも思わない。
異変は突然だった。
どうも体が妙だった。体調が思わしくない、とでも言うのだろうか。
そもそもレーヴェはものごころついた時から、異常に丈夫だった。空腹や怪我で倒れはしたが、風邪などひいたことがない。腐りかけのものを食べて多少腹を壊したりもしたが、それもさほど長引きはしないのだ。もちろん、二日酔いの経験もほとんどない。
だから、悪いものを食べた記憶もないのに、どうしたのだろうと訝しく思った。
気のせいなのだと思いこもうとしたのだが、具合はどんどん悪くなる。初めは得体の知れない倦怠感だった。次いで、内臓全体が重く感じ、まともな動きをやめてしまったようだった。
――何かが変だ。
ただの体調不良などではない。
どんどん寒気がしてきて、しかし体は火照っている。額には脂汗が滲んでいた。拭っても拭っても汗は引かず、全身が震えてくる。
道端で幾度か吐いて、その頃になると一歩踏み出すのすらかなり苦労していた。脈拍が乱れて、酷いめまいのせいで周りを目で確認するのも難儀する。
どうにか泊まっている宿にたどり着いたレーヴェだったが、入り口で倒れ、もう少しも動けなくなっていた。
ミルドが呼ばれて、部屋まで連れていってくれる。
横になっても回復するどころか、悪くなる一方だった。
熱病にでもかかったかのような高熱で、目を開ければ天井がぐるぐる回っているから、まぶたも閉じたままでいなければならなかった。吐き気が止まらず、何度吐いてもすっきりしない。内臓を全てぶちまけるのではないかというくらいに嘔吐した。
ミルドは黙って世話をした。
「なん……な、んだよ、これは……」
体が内側から燃えているような苦しみだった。水や食物を口に入れるどころか、苦しくて眠ることすらかなわない。地獄だ。
ミルドはレーヴェの唇を濡れた布で湿らせ、身体の状態を詳しく調べた後一言言った。
「毒を盛られたな」
「毒……だと?」
ミルドは薬に詳しい。彼が言うならそうなのかもしれない。
「言ったではないか。お前を狙っている輩はたくさんいると。油断したな」
いつどこで盛られたのかわからない。朝はミルドと同じものを食べたし、昼はそこら辺の食堂で済ませた。そこで混入されたのか?
いや、その後の酒かもしれない。水も飲んだし……。疑えばどれも怪しく、しかしどれも毒など入れる暇はないようでもあった。
だが、今はどれが原因で誰が犯人なのかはどうでもいい。とにかくこの苦しみを取り除いてほしかった。
臓腑を焼かれ続けているような苦痛は耐え難い。
ミルドは知識と経験から、レーヴェが盛られた毒物が何であるか、いくつかあたりをつけた。暗殺に用いられる薬というのはさほど多くないらしい。
「普通なら死んでいるな」
汚物を片づけながらミルドは淡々と言う。
寝台の上でうめくレーヴェは言葉を返す余裕もなくなっていた。
「これくらいで済んでいるのは奇跡だ」
これくらい?
ふざけんな、何がこれくらいだ。こっちは今にも死にそうだってのに。いや、死んだ方がましだ。今すぐこの苦しみから解放してほしい。
殺してくれ、の言葉を口に出す代わりにえずいたが、体内から出てくるものはもうとうに絞りつくしていた。
「お前が盛られたのはおそらく、致死量の毒だ。それで命が助かっているのは、聖剣の加護かもしれんな。以前聞いたことがある。聖剣の使い手はあらゆる危難から守られると」
その話が真実だとしたら、中途半端な加護である。守るならしっかり守ってほしい。ほとんど死にかけているではないか。
頭の片隅で悪態をつき続けるレーヴェだったが、体力は限界に達して、いつしか気を失っていた。
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