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第一部 聖剣とろくでなし
19、それで構わない
しおりを挟むミルドも自分が相手をしていた敵を片づけて、レーヴェの方に歩いてきた。散らばっているものに目をやり、それからレーヴェの手にしている剣に視線を移す。
「どうもこいつら、積み荷じゃなくてこれが目的だったみたいだ」
「そのようだな」
ミルドは顔色を変えない。
「そういうこともあるだろう。聖剣は秘宝だ。扱えなかったとしても、欲しがる連中はいる。使い手が選ばれ、持ち出されているという事実は公にはしていないが、知るのは難しくはないからな」
こういうことがこれからも続くぞ、とミルドは忠告した。
「いくらでもきやがれって感じだな。負ける気がしねぇ」
笑いながら剣を眺めていたレーヴェだったが、ミルドの視線を受けて首を傾げた。
「聖剣を使ったこと、あんたはやっぱり咎めるか?」
「生きていなければ意味がない。使えるものは使うべきだな。それに、それはお前のものだ。使うのに慣れておく方がいいかもしれん」
お前のもの、という言葉は非常に耳心地が良かった。そう、これは国王お墨付きの、正真正銘、レーヴェのものなのである。
「聖剣はかなりの力を持っているな。しかしレーヴェルト、増長するなよ。この勝利の半分は、聖剣の威力だ」
「わかってるよ」
だが、まだ年若いレーヴェにつけあがるなというのが無理な話だった。レーヴェはこの件で、すっかり自分が強くなった気になった。
――どんな敵だって退けられる。もう怖いものなしだ。
そして実際、その後旅の途中で幾度か敵に襲われたが、レーヴェは聖剣を使い、余裕で勝利した。勝利は酒より少年を酔わせた。
俺は強い。もっと強くなる。もう誰にも文句を言わせない。
「調子に乗ると足元をすくわれるぞ。上手く行き続ける人生などありはしない」
ミルドの熱のない説教はレーヴェの胸に浸透しなかった。こいつ、さては俺が聖剣を持っているのが羨ましくて小言をたれるんだな、とすら思った。
若く小さな聖剣の使い手は、生まれながらに戦いの才があった。名を馳せた強者ならともかく、そこらの剣士と剣を交えれば、まず負けないほどの力を持っていただろう。握っているのが聖剣なら、なおのことだ。
俺を倒せる人間なんていやしないのかもしれない。レーヴェの自信はどんどん膨れ上がった。
だが、まだ経験が浅すぎて知らなかったのだ。
命を落とす原因は、何も斬りつけられることだけではない。ある意味、レーヴェは姑息な人間ではなかったので、その点には考えが及ばなかったのだった。
「お前は何のために生きる?」
ある晩、野宿で焚き火を前にしてミルドがそんなことを言い出した。レーヴェは少しだけ考えて口を開く。
「死ぬのが癪だからだな」
何のため、だなんて愚問だと思う。誰だって死にたくないし、生きているから生き続ける。人も獣もそうだ。
「お前に大切なものはないのか?」
――大切な、もの。
レーヴェは自分の心の中をさぐってみる。そんなものはありそうになかった。大事と言えば、命は大事だ。けれどそれは生物として当たり前の大事さでしかなく、ミルドの問いに対する答えとしては当たらない気がした。ミルドが言っているのはもっと、情緒的なものなのだろう。
だから言った。
「ない」
ミルドは炎を見つめている。まるで火と会話でもしているみたいだ。
「お前はただ生にしがみついているだけなのだな。きっと、ろくな人生を歩まない」
「かもな」
「大切なものがない人生は虚しい」
俺って貶されてんのかな、と思わないでもないが、ミルドの無感情な物言いは特に腹も立たなかった。
どうしても大切なものがなくてはならないという決まりはないし、人生は豊かでないとならないわけでもない。
「俺はそれで構わない」
「レーヴェルト。お前は自覚しているか? お前は空っぽで虚ろな人間だ。お前が考えを改めなければ、待っているのは血塗られた道だけだ」
「それで結構だよ。俺はろくな人間じゃない」
「そうだな。お前はきっと、死ぬまでろくでなしだ」
「あんまり酷いことばかり言ってると、俺、グレちゃうかもしれないぜ、ミルド」
「グレるというならもうグレているではないか」
「まあね」
レーヴェは夜空を見上げた。銀砂をまいたような星々が漆黒を飾る。
自分がどう生きたいのか、自分でもわからなかった。
ただ、褒められるために生きるのは御免だった。
それでみんなして自分を殴るというのなら、殴ればいい。こっちだって殴り返してやる。
空には星が光っているが、レーヴェには暗黒の方がやけに多く感じ、目についたのだった。
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