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第一部 聖剣とろくでなし

17、盗賊

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 * * *

 商人の護衛として旅に同行するため、また当分は王都を離れることになる。ダルい、というのがレーヴェの率直な感想だが、山籠もりよりは余程よかった。
 聖剣は背に負って、腰には別の剣を帯びる。旅支度をしながらレーヴェはミルドの剣に目をやった。

 ミルドの剣には二級石がはまっている。二級石と言えば、かなり上等な魔石だ。魔法を使ったところはまだ見ていないが、二級石を持っているということはそれなりに使えるのだろう。

(俺も魔法と剣術の合わせ技を使ってみたいもんだ。その前に足首についてるこのクソうぜーもんをどうにかしないとならないが。きっと魔法の才能はあるはずなんだよな)

 魔法の使用を禁じるための魔道具は、まだ外されていない。家畜じゃあるまいし、失礼な話である。
 エデルルークの連中は、レーヴェが魔法を上手く使えるようになったら、屋敷に乗りこんであらゆるものを破壊するとでも思っているのかもしれない。

 そんなことするはずがない、とはレーヴェも断言しないが。時と場合による。

 とにかく、調べてはみたが簡単に外せる代物ではないらしく、魔法の使用や特訓は諦めるしかない。その分、剣術の腕をあげておくことにする。魔法に頼りすぎると、いざこうして封じられた場合に不利になるだろう。むしろいい機会だと捉えるか。

「お前も、剣でいくらか人間を斬って経験を積んでおいて損はない」

 護衛予定の商人の馬車が見えてきたところで、ミルドはそう言い出した。

「まるで馬車が必ず襲われるような言い方だな」
「大抵、盗賊に襲われるルートだ。おそらく今回も現れるだろう。積み荷はかなりの貴重品だ。賊が事前情報を得て狙っている可能性が高い」
「殺していいのか」
「ああ」

 他にも用心棒は雇われていて、そちらの組は先頭へ、レーヴェとミルドはしんがりについた。
 数日は何事もなく過ぎていった。

 商人の馬車は三台。北の港まで運ぶルートで、積み荷はごく普通の反物ということになっている。その中に高級な品を紛れこませているそうだ。そんな誤魔化しは無駄なのではないかとレーヴェは思った。情報が漏れているなら細工をしたところで意味がない。
 そして実際、無駄だった。

 王都を出発して五日目の夕方。馬車は前後から挟まれる形で襲撃にあった。
 ミルドがさっさと剣を抜いて馬車から飛び降り、レーヴェも続く。賊は二十人ほどだった。
 曲刀を手にした男が進み出る。

「ブツを渡せば命は助けてやろう」
「陳腐な台詞だな」

 レーヴェは肩をすくめる。助ける気もないのにどうしてこういう言葉を吐くのだろう。油断させて、面倒を少しでも減らすためなのか。盗人は楽をしようとせず、黙って殺してを盗めばいい。
 ミルドは余計なお喋りをせず、先手を打って賊を一人手にかけた。命のやりとりはやはり、ああでなくてはならない。

 いきなり一人殺されたことで、賊の方に動揺が広がった。そこへまたミルドが容赦なく一人殺す。
 さすがに相手も逃げ出すことはなく、ミルドを囲んで反撃に出ようとした。
 想像通り、ミルドは強かった。的確に急所を狙って倒していく。攻撃は派手ではなく、ひっそりとしていた。

 獅子のような戦い方ではない。夜闇で刺す蠍のようだ。命を奪うのに特化した動きを見せている。
 普段の稽古での動きと、相手を絶命させる時の動きはやや違った。ああしてミルドが人を殺すところは初めて見るが、堂に入っている。あまりに見事だ。

(なるほど、どうもあいつは、口にしにくい仕事をしていたらしい)

 賊と剣を交えながら、レーヴェはミルドの方へ余所見をしていた。

「このガキめ、どいていろ!」

 男が斬りかかってくる。町のごろつきに比べればまだ迫力はあるが、大した相手ではなかった。

「誰がガキだ」

 力をこめて相手の腹部に剣を突き刺す。敵は口から勢いよく血を吐いた。

(いや、これはよくねーな。あんまり深く刺しすぎたら、何人も同時に相手にしてる場合、次の行動が遅れてマズい)

 刺し殺すにしても加減を検討した方がよさそうだ。気持ちが高ぶっていると、とかく勢いに任せて攻撃しがちで、派手に動いたり力みすぎたりする。
 だが命の奪い合いは一瞬の判断ミスが死に繋がるのだ。
 冷静に、頭を冷やし、よく状況を見極める。生き残るにはこれが大切だ。

 その後も斬り合いが続き、人間の血と脂は思った以上にしつこくて、剣の切れ味を悪くしたり、ぬめりに悩まされたりすると学んだ。
 襲撃者達の生き残りはかなり粘ったものの、数人までに減ったところで逃げ出した。

 ここまで執着するとなると、余程のお宝なのだろう。だがレーヴェは積み荷に関心はなかった。今は盗みをやらなくても生きていけるし、自分が背負っている剣よりは価値がないものに違いない。
 野宿をすることになり、護衛は寝ずの番をすることになった。再び賊が現れないとも限らない。

 レーヴェはミルドと二人、焚き火を挟んで座り、黙って炎を見つめていた。襲撃後の野宿といっても、緊張感はあまりなかった。ミルドとレーヴェが圧倒的な強さだったので、商人や他の護衛も安堵しているらしい。

「あんた、今まで何の仕事をしていたんだ?」

 レーヴェの問いかけに、ミルドは焚き火に視線を注いだまま淡々と答えた。

「殺しだ」
「殺し?」
「暗殺だな」

 そうだろうとは思った。あの身のこなしはただ者ではない。剣術を教えていると言ったが、殺し方が上手すぎた。剣の腕があるだけでは、ああはいかない。専門的であった。
 聞けば、雇われていたのはあのアリエラの家だったという。アリエラは伯爵家の娘で、その伯爵家に恩があるのだそうだ。

「息子が病で倒れた時に、援助をしてもらった」
「だからあの女の言うことを聞いてるってか。あんたもとんでもない女の家に助けられたな」

 エデルルーク家の関係者かと思いきや、アリエラ側の人間だったのだ。腕が立つということで、レーヴェの指導に当たるよう命令されたのだろう。

 レーヴェはしばらく、黙ったままミルドを見つめていた。ミルドはそこら辺にある倒木と同じように、身動きしない。時折思い出した時に、ゆっくり瞬きするくらいだ。皺のある、日焼けした浅黒い顔が赤々とした火に照らされている。それはやはり、無口で生命と切り離された倒木と重なるところがあった。

「人を殺した感想はどうだ」
「特にないな。前にも殺ってるし」
「あまり上手い殺し方ではなかったな」

 そりゃあ、玄人から見たらそうだろう。レーヴェなど初心者だ。

「俺は将来騎士になれって言われてるぞ。別に殺しは上手くならなくたっていいんじゃないか?」
「先のことはわからん。お前は騎士にならないかもしれない。聖剣の使い手として働くにしろ、働かないにしろ、命を狙われる回数は普通の剣士よりは多くなる。殺される前に殺さなければならないという場面があるかもしれない。明日は人間の急所について教えよう」

 それはミルドの言う通りだろう。聖剣の使い手に選ばれたのだから、どういう選択をしようが、危険はつきものの生活を送ることになる。

 自分の未来は随分と血腥い。
 別に、平和にまともに生きたいなんて願望もないが。流されるまま、流されていくだけなのだ。
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