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第一部 聖剣とろくでなし
16、気が晴れたか?
しおりを挟むイゴル達は、どこから盗ってきたものか、それなりに見栄えの良い剣を腰に下げている。どうもそれで気が大きくなっているらしかった。これ見よがしにちらつかせてくるから笑ってしまう。
「おい、よせよ。犬が棒きれくわえて得意になっているのと大差ないぜ」
イゴルは剣を抜いて飛びかかってきた。レーヴェは笑いながらよける。聖剣はミルドの家に置いていてこちらは丸腰だが、全く問題はなかった。
「馬鹿野郎、外でやれガキ共!」
店員から怒声が上がったが気にしない。客は迷惑そうにしながら外へと避難していく。
レーヴェはわざとすぐにのさずによけ続け、店のものをイゴル達に破壊させた。
刃物を振り回せばいつか相手に当たると考えている、愚か者の戦い方だった。レーヴェに言わせればこんなものは戦いのうちにも入らない。間抜けな踊りである。
イゴルの剣が壁に刺さって抜けなくなった。
「それで、いつになったら俺の歯を折ってくれるんだよイゴル。俺はまだ一発もお前らに手を出してないぜ!」
レーヴェが笑うと、イゴルは歯をむき出して剣の柄から手を離し、こちらに殴りかかってきた。ミルドの動きに比べれば幼児である。
「怒るほど、元から大した歯並びじゃねーくせに」
「黙れ、このゴミ野郎!」
「お互い様だろ、屑!」
足を引っかけてやり、腰巾着共を投げ飛ばす。そいつらはすぐに怖じ気づいて逃げだそうとするから、追いかけていってぶん殴ってやった。面白いように吹っ飛んでいく。
一人は骨のある奴がいたらしく、向かってくるから髪をひっつかんで鳩尾に膝蹴りをお見舞いしてやった。
「調子に乗りやがってええええっ!」
イゴルが吠えながら殴りかかってくる。拳が空振りして態勢を崩したところで、横っ面をぶん殴った。
イゴルは白目をむいて倒れ、そこに馬乗りになってもう一発叩き込む。
「おい、なあ、寝てんじゃねーよイゴル」
右から、左から、執拗に顔を殴り続けた。何かわめくので鬱陶しくて、黙らせようとまた殴打する。
暴力を振るう度に、ビリビリと頭の天辺へと凶猛な衝動が駆け上がる。それが皮膚の表面へと広がっていき、体がかっと熱くなる。
怒りが怒りを呼び、暴力は加速する。
頬の骨に自分の拳が当たる感触はどういうわけか不快で、それを拭おうとまた殴るのである。
「あ……がっ」
「やめろ、死んじまう!」
イゴルの仲間が肩をつかんできたので、振り向きざまに殴ってやった。
「他人に喧嘩をしかけてきて死ぬんなら、そいつが悪いに決まってんじゃねーか! 弱いのが悪いんだ! 吠え声だけデカい駄犬が噛みついてんじゃねぇ!」
イゴルは気絶していた。鼻と口から血を流し、泡を吹いている。止めに入った仲間も、倒れたまま痙攣していた。パンチがしっかり顎に入ったらしい。
同情なんてこれっぽっちもしていなかった。こんなゴミのような奴ら、死のうが生きようが関係ない。蠅なのだ。蠅なんてどうなろうが誰も気にしない。こいつらも、俺も、世の中から見たら蠅同然の存在だ。
「レーヴェ、どうしてくれんだよ。弁償だぞ」
店員がうんざりした様子で室内を見回している。テーブルも椅子もいくつも壊れて、食器も散乱し、壁も崩れていた。
「何で俺が弁償すんだよ。見てたろ、こいつらが始めたんだぜ」
「こっちからしてみればどっちもどっちだな。喧嘩買ったのはテメーだ。わざと派手にやりやがって」
レーヴェは少し考えてから口を開いた。
「修理費用は、エデルルークに請求してくれ」
「エデルルークって……あの、騎士一族の? 有名な貴族だろ? お前と何の関係があるんだ」
「俺、エデルルークの養子にならないかって誘われててさ」
「嘘つけ」
「マジだって。ちょっと前まで屋敷に住んでたんだから。そこに転がってる馬鹿共が生きてたら、目を覚ました後聞いてみな。俺の家名はエデルルークなんだよ。だから俺の不始末はどうにかしてくれるだろ。というわけで、俺は行くわ」
店を出たレーヴェは、別の店で食事をし、賭事でかなりの金を失い、女と寝た。
深夜になって戻ったのは、ミルドの家だった。別に休むのはミルドの家でなくたっていいのだが、寝る場所をさがすのが面倒だし、ここには聖剣がある。どうしても聖剣をほったらかしにするのは落ち着かなかった。
「馬鹿騒ぎしたそうだな」
ミルドは暗い中、手燭の明かりを頼りに薬を調合していた。
「俺のせいじゃない」
「エデルルークの名を出したのか」
あの店員が本当にエデルルークに問い合わせたのだろうか。どの道、王都で起きたことだし、エデルルークは聞きつけているのかもしれない。聞いているとしたら今頃、相当おかんむりなのだろう。
もしかしたらその件でミルドも叱責されたのかもしれない。一応、レーヴェのことを任されている身だ。監督責任はあるのだろう。
「あんたにも迷惑がかかったのか?」
「気になるか」
「全然」
ミルドがどんな目に遭おうが興味はない。鍛えてくれたとか、飯を食わせてくれたとか、そういう恩義も感じていなかった。
ミルドは特段、レーヴェの悪行を責めようとはしなかった。
「暴力が好きなのか」
そう言い出したので、レーヴェは顔をしかめる。
「そんなに好きでもない」
「人を殴って、気が晴れたか?」
「…………」
晴れるわけがない。
今まで、幾度となく暴力を振るってきた。人も殺した。骨と骨がぶつかる感触。刃物が肉に突き刺さる感触。どれも好きではなかった。
不快でしかない。
暴力を忌避はしていないが、楽しくもなかった。
では何故殴るのかと尋ねられても答えられない。自分でもよくわからないが、そういう衝動がこみあがってきて、それに従っているに過ぎなかった。
まるで自分をコントロールできていないかのようで腹立たしかったが、衝動を抑えようとするのは善人ぶっているようでそれも嫌だった。
好かれたいとか、よく思われたいなんて願望はない。だから傍若無人な振る舞いをしている。
「……何が言いたい? あんた、俺を善人にさせようって思ってんなら、無駄だからやめろよ」
「お前が善人になるはずがない。お前は屑だ」
未来ある若者にそこまで言い切るこたぁねーだろ、と心の中で毒づいたが、励まされるよりは受け入れられる。
レーヴェは話を切り上げて、さっさと床についた。
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