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第一部 聖剣とろくでなし
14、何かが欠けている
しおりを挟む一ヶ月ほどそうして一緒に暮らしたが、余計な雑談はしないから距離も縮まらなかった。いつ襲いかかってくるかわからないのだから、レーヴェにとっては敵も同じだ。
焚き火の向こうにいるミルドを恨みがましい目で睨みながら、生焼けの肉をかじった。
聖剣で反撃するのは禁じられていた。
「怖いのか? この剣が」
レーヴェはそう煽ったが、ミルドは挑発に乗ることなく淡々と返してきた。
「聖剣を使って私に勝ったところで、お前の実力ではない。それでいい気になって過信するのならそれまでの人間だということだな。使いたければ使うがいい。私は負けるだろう」
と、こう言われては使いにくい。
勝つための手段として聖剣を使うのはレーヴェの中では「アリ」だ。だがミルドに今聖剣で勝つのは意味がない。
聖剣は力のある武器だから、頼れば敗北を喫することは少ないのではないかと思われる。だがこれに頼ってばかりでいると、聖剣なしでは動きが取れなくなってしまう。
手放すつもりはなくとも、人生は何が起きるかわからない。
聖剣がなくても、強くなくてはならない。だからこの男と共に、こんな鬱蒼と木々の生い茂る山奥までやって来たのだ。
(強くなければ殺される)
あの女の呪詛が、耳の奥で蘇る。
レーヴェが死ぬようにと、アリエラが呪っている。死ねばあの女達は喜ぶのだ。大嫌いなあいつらを、この身の不幸で喜ばせるのは我慢ならない。
(俺は強くなる。そして誰にも何も奪わせない。欲しいものは手に入れる。俺を害する者共を、みんな排除してみせる)
みんな敵だと、レーヴェは思った。敵意のない人間だって、いつてのひらを返すかわかったものではない。油断してはならないのだ。いつも構えていなければならない。
「お前の中身は虚ろだな。生への執着しかない」
ミルドの声は小さいが、低くてよく通る。枝を火にくべながら、目も合わせずに彼は言った。
「それの何が悪いってんだよ。獣だってそうだろ、生きること意外に興味なんてないんだ」
「自分が獣並みだと?」
「その言い方は獣に失礼だぜ。獣を見下げるってことは、他の命を見下げるってことだ。他の命があるために人間は生きていられるってのに、傲慢だ」
「口だけは達者だな」
お前の良くないところは、と言いつつミルドは火を眺める。
「他人へのあてつけで生きているところだ」
レーヴェは少しの間黙りこみ、「それの何が悪い」と先ほどと同じ言葉を繰り返した。
死ぬのが癪だから生きている。何が悪いのだろう。命を粗末にしてるのではないし、説教される筋合いはない。
レーヴェはこの口数の少ない、何を考えているかわからない奇妙な男に背を向けて眠りについた。
どのくらい眠っただろう。
とにかくこの生活が始まってからは落ち着いて眠りについた記憶がない。火を燃やしていても近づいてくる肉食の獣もいたし、虫には食われ、蛇には噛まれ、おちおち寝てなどいられないのだ。
だが、気を抜いていられない一番の理由は獣や虫ではない。
殺気を感じた瞬間、レーヴェは握っていた剣を素早く掲げて防御の姿勢をとった。
刃と刃がぶつかり、手がじんと痺れる。レーヴェは歯ぎしりをした。
「クソ野郎っ……しつけーんだよ! 今日何度目だ!」
押し返してどうにか横へと飛び退き、ミルドと距離を取る。
この男は就寝中であろうが食事中だろうが、構わず襲いかかってくるのだ。これが特訓だというのだからイカれている。しかも、うっかり一太刀浴びれば大怪我では済まないという手加減なしの攻撃をしかけてくるのである。
「賊が襲う時、お前が準備万端だとは限らないぞ」
だからいつでもどこでも襲撃に備えられるようにしておけということらしいのだが。
「それにしたって、程度があるんだよ!」
ミルドはレーヴェと少々打ち合うと、何事もなかったかのように寝入ってしまった。
今度はこちらから仕掛けてやろうかと腹を立てるレーヴェだったが、全く勝算がない。ミルドは強い。
負けん気は強い方だが、ミルドには勝ちたいという欲がなかった。あちらに敵意がないからかもしれない。
がむしゃらになってミルドを打ち負かそうというやる気はわいてこない。純粋なる闘志のようなものがないのだろう。
自分は何かが欠けているのかもしれない。
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