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第一部 聖剣とろくでなし

13、剣の師

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 * * *

 ミルドは町の片隅に住んでいた。エデルルークと繋がりがあり、剣を教えているというからそれなりに良い暮らしをしているのかと思っていたがそうではないらしい。
 質素な建物の一階を訪ねると、ミルドが出迎えた。

 歳は五十を過ぎているだろうか。がっしりとした体つきだが、特別大柄ではない。肩辺りまで伸ばした白毛を後ろで束ねている。
 片目は閉じたままで、まぶたから頬にかけて古い傷跡が残っていた。隻眼のようだ。

「お前がレーヴェルトだな」

 レーヴェは頷いた。ミルドがレーヴェの腰にある聖剣に目をやる。

「何故それを置いてこなかった?」
「俺のものなのに、あんな奴らに預けるのが癪でね」

 ミルドからしてみれば、聖剣を持ちこまれるのは迷惑なのだろう。国宝なのだ。貴重な物には厄介ごとが付き物になる。
 入りなさい、と言われてレーヴェは部屋に足を踏み入れた。思った通り中も質素で、余分なものは何もない。

 無駄口を好まず愛想のない雰囲気の人物だが、性格が暮らしにもあらわれていた。
 ミルドは、明日からお前の剣の腕を鍛えるために特訓をする、とだけ説明をした。それ以外は特にこれといった会話もなかった。レーヴェが何故エデルルーク邸を追い出されたのか、どのような生い立ちなのか、あらかじめ聞いていたのかもしれないが、尋ねようとはしてこなかった。

 雰囲気から察するに、できる男ではあるらしい。全く隙がなかった。もしかするとトリヴィスより強いかもしれない。
 けれどどことなく、生気のない人間ではあった。
 出された食事も質素だったが、貴族が口にしているものよりは自分の口に合うようだった。

 一月ほどは野宿をしながら王都の外で体を鍛えると告げられた。

「なんでわざわざ外に行かなくちゃならないんだよ」
「王都には何でもある。不自由な環境の方が身につくことが多い」
「俺、自慢じゃないけど、今までそこそこきつい生活してきたぜ」

 食事にありつけない日だってあったし、まだ喧嘩が強くなかった頃は傷だらけ泥だらけで通りの片隅に転がって夜を明かした。
 ミルドはそう話すレーヴェを一瞥する。

「その程度の苦労は『並み』だ」

 反論しようとして口を開きかけたが、すぐに閉じた。苦労自慢をするのは馬鹿がやることだし、確かに自分より過酷な状況で生きてきた人間は大勢いるだろう。
 最低限の旅支度をして、二人は王都を出立した。

 その前に魔術師が一人呼ばれて、聖剣に加工した小さな石をつけた。術がかけられており、聖剣が盗まれたりした際はどこにあるかわかるようになるそうだ。エデルルークから頼まれたらしい。
 そんな術はかけずとも、レーヴェはこの聖剣を奪われるようなへまはしないつもりだった。

 * * *

 ――ほんとこのジジイ、馬鹿じゃねえの。

 歯を食いしばりながらレーヴェは岩をのぼっていく。初めは腰に帯びていた聖剣だったが、それなりに大きいものなので動くのに邪魔になり、今では背中に負う形になっている。

 ミルドが選ぶ道はいつも、無駄に険しかった。急峻な崖をのぼり、何度も岩と一緒に転がり落ちた。遠回りすればもっと安全なところがあるにも関わらず、流れの速い川を渡る。荷物を頭にかついで、足を滑らせないよう細心の注意を払いながら歩いた。

「置いていくなよ! 速すぎるんだよ!」
「お前が遅すぎるのだ」

 ミルドは道を知っているからいいだろうが、レーヴェの方はこんなところではぐれてしまってはたまらなかった。帰り道はわからないし、野垂れ死ぬに決まっている。

(なんだって、ここまで無茶しなくちゃいけないんだ。馬鹿みてぇ。めんどくせぇ)

 鍛えるなら、走るなり、腕立て伏せをするなりでいいではないか。命は一つしかないのだ。落としたら終わりだ。
 身を危険にさらせばさらすほど精神が研磨され、肉体が丈夫になるなんていう考えは好きではない。苦労の量と力の伸び率は比例しないというのがレーヴェの考えだ。

 それをミルドに訴えると、「お前の考えは正しい」と認められた。

「だが、これが私のやり方だ」

 厳しい自然の中にいると、本能が刺激され野生の勘が鋭くなるという。そしてそれは戦いにおいて必要なことなのだ、と。

「お前が一人前なのは文句を言うことだけだな。この程度で音をあげるようでは長生きしないぞ。そうやって反発して生きていくつもりならな。お前の周りは常に敵だらけだ。気を抜けばいずれ命を取られるだろう」

 ミルドはそう言うが、どう考えたってこの修行はやりすぎである。鍛え方の効率が悪い。追いこむのが悪いことだとは思わないが、自分だったらもう少しまともな訓練方法を考えるだろう。
 少なくとも、平地で訓練するだろうし、狼を追い払いながら食料をさがしたりはしない。

 ミルド式の鍛錬の内容は常軌を逸していた。それは道なき道を行くだけでなく、予告なしの打ち合いでも言えた。
 崖をのぼり切り、息を切らしていたところで気配を感じて腰に帯びているもう一本の剣に手をやった。
 ミルドが斬りかかってくる。勿論、稽古用の剣ではない。

「この……っ、ざけんなよ、ジジイ!」

 追いつめられて、崖に転がりそうになる。落ちれば間違いなく死ぬ。
 そんな状態でもミルドは手加減しなかった。

(こいつ、マジで俺のことを殺すつもりなんじゃないか?)

 ミルドは隻眼のために視野が狭い。大急ぎでその視野から逃れようと移動するが、見えずとも気配は感じ取れるらしい。
 柄で殴られてレーヴェは転がった。幸い、崖には落ちずに済んだ。

「ひ……人殺し……」
「死んでおらんではないか」

 ミルドは切り傷や打ち身に効く薬を持ち歩いていた。それを与えられても感謝の念はわかない。何故なら怪我をする原因はミルドにあるからである。
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