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第一部 聖剣とろくでなし
12、俺のものだ
しおりを挟む「ミルドに稽古をつけてもらえ。いずれは騎士養成校に入学してもらう。まあ、お前の腕がどれほどのものになるかによるがな」
書斎でレーヴェはトリヴィスと向かい合っていた。
「お前は将来、騎士団に入ることになる」
「勝手に決めんなよ」
「聖剣の使い手だ。それがお前の使命ではないか」
また始まったよ、とレーヴェは舌打ちした。どうして自分の生き方を自分で選択できないのだ。そう反論すれば、使い手だからだと返されるのだろう。
知ったことではない。志願したわけではないのだから。
先のことはゆくゆく考えよう。こいつらの思う通りになってたまるか。
「それで、聖剣についてだが……」
トリヴィスは、レーヴェが腰に帯びている大きな剣に目をやった。
「それは置いていくように」
「嫌だね」
天の邪鬼なレーヴェは、やれと言われたらやりたくないし、やるなと言われたらやりたくなる。
剣を置いていけと命令されたら、持って行くことしか考えられなかった。
(これは――俺のものだ)
唯一の、所有する正当性を主張できるもの。それがこの聖剣だ。
「俺のものなんだ。俺しか扱えない」
「勿論、そうだ。取り上げるとは言っていない。戻ってきた時にまたお前が所有することになる。それは家宝であり、この国にとって重要な武器でもある。紛失するなど許されないのだ」
「なくすわけないだろ」
「お前なら金に困って売り払いかねない」
「国宝級のものを粗末にすれば自分の身がどうなるかくらいわかるぜ」
「ほう、ずいぶんものわかりがよい子供だったのだな、意外だ」
皮肉な言い方だった。「その割には非常識な振る舞いばかりしてきたようだが」と言外に含められている。
「いいから、渡しなさい」
トリヴィスも引く気はないらしかった。手を出して、レーヴェの方へと近づいていく。
「近寄るな」
素早く剣を抜くと、切っ先をトリヴィスへと向けた。
「どうしても奪おうっていうつもりなら、痛い目を見るぞ」
脅しではないのが伝わったのだろう。レーヴェの目つきにわずかな畏怖を感じたようで、トリヴィスは眉間に皺を刻む。
「……お前という奴は」
「恩知らずとでも罵るか? 俺はあんたらに恩なんてこれっぽっちも感じてないね、悪いけど。俺を飼い慣らすのは諦めな。感謝しろよ、望み通り出て行ってやるんだからさ」
いつでも飛びかかれるという威圧感をレーヴェは放つ。
技術ではトリヴィスが上回るが、レーヴェが手にしているのは聖剣だ。その威力については、レーヴェ以上にトリヴィスが知っているだろう。手を出せるはずがない。
トリヴィスはのばした手を握りしめた。
「……その剣に何かあれば、お前は身を持って償うことになるぞ、レーヴェルト」
「わかってるって言ってるだろ」
トリヴィスが早々に折れたのは、この甥がどれだけ危険かここ数ヶ月で思い知らされているからだろう。
屋敷を抜け出した先で乱闘騒ぎを何度も起こして幾人にも重傷を負わせ、イーデンの骨を折り、女のアリエラすら殴った。まさしく狂犬だ。
飼わねばならぬから招き入れたものの、しつけができなくて放り出すのである。
トリヴィスはいくつか注意事項を伝えたが、レーヴェはほとんど聞き流した。
お互いこれでせいせいするだろう。
「陛下の期待を裏切るような真似はするなよ。お前は陛下をお守りする仕事に就くのだから。陛下のために尽くす者となるのだ」
そうは言われても、別に国王とはこれといった縁もないし義理もない。エデルルークは大昔から王家に忠誠を誓っているそうだが、レーヴェには「忠誠」というものが理解できない。
「くれぐれも、聖剣を持って行方をくらまそうなどと考えないようにな。ミルドのもとから逃げられるとは思えないが」
そのミルドとやらがどんな奴かは知らないが、仮に逃げ出せたとしても腕に覚えのある者達が大勢でさがしに来るのだろう。逃げきれないのは明白だから、今のところはその予定はない。
これといった別れの言葉も告げずに、レーヴェは部屋を出た。
廊下の曲がり角でひっそり立って待ちかまえていたのはイーデンである。
「レーヴェルト」
まだ怪我は癒えておらず、腕も痛々しく固定されている。
「次に会った時は、必ず君に勝つ。君は傲慢だ。負けて自分の過ちに気づいてもらう」
「俺に勝ちたいなら、今のままの鍛錬じゃ無理だな。お前は前のめりで戦いすぎる。守りが甘い。力で押すより技術を磨く方が向いてるだろうな」
突然の助言にイーデンは困惑気味だったが、思い当たるところがあったのか、黙って頷いていた。弱い部分を克服すれば、イーデンはまだまだ強くなれるだろう。
そしてイーデンの前を通り過ぎて、いよいよ表口から出て行こうとした時だった。
離れたところで幽鬼のように突っ立って、こちらに視線を向けている女がいる。
痩せぎすとも言える身体だが、平素から弱々しさは感じない。身にまとう空気は重々しく、誰であっても、多少はこの女を恐れるのである。
蛇のような目をした女だ。自分が絶対に正しいと信じて譲らない、レーヴェが最も嫌う人種だった。そのような人間は周囲の景色すらひずませる。
「お前がどこかで死ぬよう、祈っているわ」
アリエラの囁き声は小さかったが、しっかりとレーヴェの耳に届いていた。
もっと腹を立てればいい。お前の望み通りになるものか。
「一つ言っておくけどさ、あんたはどんなに頑張っても、エデルルークの血は流れてないんだぜ、後妻さん。俺はその血を継いでるけどな」
この事実が一番アリエラを苛立たせていると知っている。瞳孔が収縮し、アリエラは真っ青になりながら、レーヴェルトを見つめ続けていた。
「出てお行き。一族の面汚しめ」
「言われなくとも」
こうしてレーヴェは、エデルルーク邸を後にした。
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