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第一部 聖剣とろくでなし
11、失ってしまう
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もうレーヴェルトはエデルルーク邸に置いてはおけないという話になった。
無理もない。あの時アリエラが駆けつけたのは、レーヴェとイーデンがやり合っているのを見かけた使用人が呼びに行ったからなのだが、その際使用人はレーヴェがイーデンの目を狙ったのを目撃している。
レーヴェはイーデンを殺そうとしたのではないかという疑惑が持ち上がった。ましてやイーデンは腕の骨を折っている。
イーデンは両親や周囲に、自分から手合わせを願ったと説明したが、それでレーヴェの蛮行が不問に付されることはなかった。
レーヴェはというと、特段言い訳や弁解はしていない。イーデンを殺そうとは思わなかったが、何かの弾みで殺していた可能性はある。
家族が話し合った末、レーヴェは修行という名目でよそに預けられることとなった。
剣術の腕が良く、時折騎士団のところに呼ばれて指導もしているミルドという男のもとだった。特に拒む理由もないからレーヴェも受け入れた。
家を出る日になるまで、ほとんどの人間がレーヴェに近づこうとしなかった。食事も一人、部屋でとった。謹慎中のような扱いだったので、部屋から出るのも禁じられている。
レーヴェは暗い部屋で寝台に寝転がり、聖剣を鞘から引き抜いた。
「こうなった原因は、お前のせいでもあるんだぜ。どうして俺を選んだんだ。俺の他の奴も、みんなそう思ってる。説明してみろよ」
薄暗がりの中、剣の刀身は少しだけ光を帯びており、それはいつだか見た夜光虫の発光する色に似ていた。
荷運びの仕事で港までついて行き、初めて海を見たのだがその時に目にしたのだ。暗闇に浮かび上がる、青白い光。
柄にもなく綺麗だと思った。
レーヴェは一人苦笑する。こんな自分も、美しいものに心を動かされることがあるなんて、笑うしかない。
(どこへ行っても厄介者で、必要とされたことも、選ばれたこともないけど)
(唯一、こいつだけは俺を選んだんだな)
喜ばしくはなかったし、はっきり言えば迷惑だ。得意げになれるほどの有り難みなんて感じていない。
けれどどうしてか、手放したくなくなってくる。
この剣の刀身を見つめている時は、その美しさのためか、少しは心が安まる気がしたのだった。
* * *
ついに邸を出る日となり、レーヴェは荷物をまとめていた。与えられた服を持って行く気になれなかったので、ほとんどのものをずたずたにして置いてやった。
こんな気取ったものではなくて、動きやすいものを後で調達しよう。
最後にトリヴィスのところに顔を出すように言われている。面倒だが可哀想なので恨み言の一つ二つは聞いておいてやろう。
部屋を出たところで、意外な人物と出くわした。
メイドのエレナだった。
「よく俺と顔を合わせる気になったな。どうかしてんじゃねーの?」
エレナの可愛らしい顔に笑みはない。そこに滲んでいるのは憂いだった。
「レーヴェルト様」
「様はやめろよ」
「そうやって意地を張り続けていたら、ろくなことにならないわ。あなたがそうして悪さを続ける限り、みんなあなたに近づかない。いずれ大切なものを失ってしまう」
イーデンと一緒でエレナはお人好しらしい。自分を強姦しかけた奴にわざわざ忠告しに来るのだから。
イーデンとエレナはお似合いだが、結ばれることはないだろう。身分が違う。
身分とかいう制度は、実にくだらない。この世にはくだらないものが多すぎる。
「俺は別に、失って困るようなものなんて持ってないからな」
人生の最初から捨てられて、ゴミ同然の存在だった。名誉も財産もないし、矜持もない。持っているのは命だけ。
それも手放せとあのクソ女に迫られたので、これだけは失うものかと心に決めている。
「あなたいつか、死んでしまうわ、レーヴェ」
「死なねーって」
レーヴェは笑って、エレナの横を通り過ぎた。
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