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第一部 聖剣とろくでなし

9、俺には勝てない

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 稽古場はイーデンやガウリルが剣術を学ぶ場所だ。ちなみにレーヴェは近頃稽古をさせてもらっていない。剣を持たせれば、片っ端から使用人に襲いかかるとでも思われているのかもしれなかった。
 イーデンは準備よく刃が研がれていない稽古用の剣を用意しており、レーヴェにも渡してきた。
 レーヴェは剣をくるりと回す。

「悪いけど、俺が勝つぞ。お前じゃ俺には勝てねーよ」

 イーデンは剣を構えて立っている。

「やってみなければわからない。本気で来い」

 その本気ってやつが未だにわからないが、本気なんて出したらお前は死んじゃうだろうよ、と心の中でレーヴェは呟く。
 ともあれ、イーデンの方は本気だ。

「行くぞ!」

 とご丁寧に声をかけて、向かってくる。
 こうしてイーデンとまともに打ち合うのは初めてだった。確かにイーデンは弱い方ではない。剣筋に迷いはなく、力強いし動きも鈍くない。
 レーヴェはイーデンの攻撃を防ぎながら分析していた。

 こいつはそこそこ強くなるだろう。だが、「そこそこ止まり」だ。化けはしない。
 イーデンの剣を弾くと、レーヴェは素早く剣を突き出した。頬の横をかすめて、イーデンが目を見開く。もしよけなければ、眼球に刺さっていただろう。

「君は……」
「本気で来いと言ったのはお前だぜ。それともなんだ、これは遊びなのか? なら最初からそう言えよ。ビビった顔しやがって、腰抜けめ」

 挑発されたイーデンは顔に朱をのぼらせた。怒りが漲る目を細め、すぐにまた剣を振るって向かってくる。
 イーデンは卑怯な真似をしなかったが、レーヴェは容赦しなかった。これは試合ではない。
 足を引っかけて顔を殴り、イーデンが取り落とした剣を蹴り飛ばして剣で頭を打つ。イーデンはうめいたが、どうにか自分の剣を拾い上げた。

 あくまで剣での戦いだからと思っているのか、向こうの拳は出ない。そういうところが駄目なのだ、こいつは。
 手段を選ばない悪漢に上品ぶった戦い方をしたところで、自分が満足するだけだ。勝たなければ意味がない。

「甘ちゃんだな、お前って。まともな喧嘩をしたことがないんだろ?」
「……今、している」
「はは、確かに」

 イーデンは血の混じった唾液を吐いて、こちらへと踏みこんできた。イーデンも突きをしかけてくる。剣の切っ先はしかし、レーヴェをかすめもしない。
 レーヴェは生まれつき体格に恵まれ、体つきはしっかりしていてイーデンよりも筋力がある。押し合いになれば簡単に負かせられた。

 気合いはイーデンの方がはるかに上だが、思いの強さだけでは敵に勝てない。

「どうした、イーデン。ふらついてきたぜ。俺に負けるなんて、恥ずかしくないのか?」
「……」

 スタミナもレーヴェに劣るイーデンは、次第に防戦一方になっていく。

「お前って、本当の意味で腹空かせたことないだろ? 寝床がなくて震えながら寒空の下で夜を明かした経験は? 袋叩きにあった経験もないよな。そんなお坊ちゃんが、この俺に勝てると思ったか?」

 イーデンの振りかぶった剣を受けて、がら空きの胴体に思い切り蹴りを入れる。イーデンは地面に転がると、息を詰まらせて体を丸めていた。
 そんな従兄弟の姿を冷たい目で見下ろし、横たわる体に足を乗せる。

「き……みは、レーヴェルト。私のことが、憎いのか……?」
「憎い? 憎いのはお前の方なんじゃないの? 悔しいんだろ、自分が聖剣の使い手に選ばれなくてさ。期待されてたのに、こたえられなかったんだもんな。そこへ現れた屑みたいなやつに横取りされたんだ、腹が立つのも当然だ。だがな、それは俺のせいじゃない。俺は別に、あんなもの欲しくないからな」
「君はもっと……まともにならなくちゃならない。聖剣の使い手なのだから……!」

 どいつもこいつもうるさいな。
 自分らが力不足でなれなかったくせに、ああしろこうしろと言える立場だろうか?
 レーヴェはとにかく、誰かの命令を聞くのが嫌いだった。自分のしたいことしかしたくない。聖剣の使い手らしく振る舞うなど、真っ平御免だ。

 頼んだか? 俺を選んでくれと。
 欲しいと願ったか? 聖剣を。

 勝手に人を引きずり回して、言いつけて、蔑んで、強要する。
 俺に命令できるのは俺だけだ。誰の言うことも聞いたりするものか。

「どうして君は……そうやって悪人のように振る舞うんだ。何が君をそうさせるんだ? 私には……わからない。そんなことをしても、損をするだけじゃないか。誰も君に近づかなくなるぞ、レーヴェルト。人に好かれない人生は虚しい」

 立ち上がろうとするイーデンのみぞおちに蹴りを入れて転がした。
 腕を強く踏みつける。骨にひびが入ったか折れたのか、イーデンが悲鳴をあげたが構わなかった。

「お前が俺に勝てないのは、危機感が足りないからだ。お遊びみたいな稽古じゃ到底追いつけないぜ。たぶん元々、俺って強いんだろうしな。どうだ、おい。手の骨をぐちゃぐちゃにして、二度と剣を持てなくしてやろうか? 脅しじゃないぞ」

 にいっと笑って踵をイーデンの右手の上に乗せる。じわじわと体重をかけていった。
 歯を食いしばったイーデンは、もう片方の手をレーヴェに向けた。
 てのひらに魔力が集まっていく。
 ほう、とレーヴェは片眉を上げた。

(やっぱりな。石なしでも使えんじゃねーか)

 イーデンの手から、魔法弾が放たれた。レーヴェには当たらずに、少し進んだところでかき消える。

「何をやっているのです!」
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