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第一部 聖剣とろくでなし

7、獰猛に、性悪に

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 * * *

 トリヴィスの覚悟していた以上に、レーヴェの素行は悪かった。
 反抗期の少年にありがちな破壊衝動とは少々異なる。抑えきれない激情や苛立ちに駆られて、というより、相手を挑発するためだけに、ごく冷静に悪戯をするのである。

 要するに、「壊したいから壊す」というより、「壊した際の周囲の反応が見たい」「自分がどれだけ厄介者かわからせたい」という理由から破壊する。
 あの少年の中に良い意味でも悪い意味でも「熱いもの」がないことはトリヴィスも最初から見抜いていた。
 レーヴェルトは何かが欠けている。生まれつき虚無に支配されている。


「貴様は何度言ったらわかるのだ! 屋敷の中で魔法弾を放つなと忠告したはずだ!」

 トリヴィスは大声をあげ、レーヴェルトを壁に押しつけて締め上げていた。
 魔法弾の威力を上げ、コントロールもできるようになってきたレーヴェルトは、高価な調度品を破壊し、壁に穴を開け、小火騒ぎまで起こしていた。

 書庫には鍵をつけたのだが、鍵を盗んで忍びこみ、書物を持ち出している。先日魔道具の錠に切り替えたのでもう侵入はできないはずだが、なくなった古文書は見つかっていない。
 約束を破る度に物置に閉じこめたが、反省する素振りはなかった。

 あなたは甘い、と妻に責められるトリヴィスだったが、たとえ体罰を与えたところでこたえるような子供ではないだろう。

「そうやって反抗して、何を主張したいのだ、お前は!」

 トリヴィスが激高すると、レーヴェルトは嬉しそうにする。相手の感情を乱すのが楽しいのだ。

「何かを主張したいだなんて、ご立派な理由はねーけどな。試したいから試してるだけだぜ、おじさん」

 トリヴィスはレーヴェルトを床に引き倒し、膝をつかせて手を後ろに回して拘束した。雇っている魔術師を呼んで、輪の形をした魔道具を用意させる。
 魔術師が呪文を唱えて魔力を注ぎ、輪をレーヴェルトの足に近づけると装着された。

 これは魔法の使用を制限する道具である。当分は魔法弾での破壊行為に悩まされることはないだろう。
 できれば道具に頼りたくなかった。矯正できなかった己の敗北を証明しているかのようだったからだ。
 床に座るレーヴェルトは足首にぴったりはまった輪を鬱陶しげに見つめ、それからトリヴィスを見上げた。

 ――な? あんたは道具を使わなくちゃガキ一人どうにもできない男なんだ。情けないねぇ。

 薄青い瞳は、そう言って嘲笑しているかのようだった。


 魔法を使えなくすればおとなしくなるかと思えば、そうではなかった。一つ手段を封じられれば、別の手段に移るだけだ。
 レーヴェルトはついにエデルルーク邸を無断で抜け出すようになった。それもただ外出するだけではない。物を盗み出して、売り払って金にする。それを小遣いにして遊ぶのである。幸い、聖剣は無事だったが。

 好きなものを飲み食いするし、賭事や、おぞましいことにあの歳で女も買う。もう女の味を知っているのだ。
 ある時屋敷のメイドがレーヴェルトに襲われかけた。未遂で済んだとはいえ、聞くに耐えない事件である。
 トリヴィスはレーヴェルトを呼び出すと、ついに手が出て彼の頬を打った。

「自分が何をしたかわかっているのか?」
「メイドとセックスするのがそんなに悪いことなのかよ。あいつ俺に気があるみたいだったから、抱いてやろうとしただけだぜ。そこそこ顔の良い女だよな、あいつ。見た目で選んで雇ったのか? あんたはあいつをもう味見したんだろ?」

 トリヴィスはレーヴェルトを殴りつけた。

 ――何故。どうして。
 ――どうしてこんな人間が……!

 騎士団の訓練で、手を抜く者がいれば殴ることは珍しくはない。けれど感情に流されて暴力を振るうのは恥ずべきことだと常に自分を律していた。
 それなのに、このレーヴェルトは己の最も嫌うことをさせてくる。
 自分とレーヴェルトに対する嫌悪で頭がどうにかなりそうだった。

 ――どうしてこんな屑が、我が一族の血を引いているのだ。どうして聖剣はこいつを使い手に選んだのだ!

 早くもレーヴェルト・エデルルークの存在は家の外にも認知され始めていた。久しぶりに現れた聖剣の使い手であるという事実以上に興味を持たれたのは、正妻の子でないらしいことと、遊び回っている悪評についてだ。
 エデルルークにとって恥辱である。レーヴェルトの存在そのものが恥であるのに、彼は更にそれを上塗りする。

 それも、トリヴィス達が嫌がるのを承知していて、嫌がらせのために目を覆いたくなるような振る舞いを続けるのだ。
 トリヴィスの怒りが高じれば高じるほど、レーヴェルトは面白がる。かといって、ほうっておいても悪さはする。どうにもならない。


 レーヴェルトが来て以来、明らかに屋敷の中の空気は悪くなった。レーヴェルトが何をしでかすかわからないという不安もあるが、とにかくアリエラが機嫌を損ない、使用人達も怯えている。

「追い出して下さい。今すぐに!」

 こうやって詰め寄られたのは何度目だろうか。トリヴィスもわざと大きなため息をついた。

「あのろくでなしがここに居続けたら、頭がおかしくなってしまいますわ。あなた。追い出して!」
「そうもいくまい。陛下に何て説明をする? うちで引き取ると言ってしまったのだぞ」
「軽率にそんな発言をしてしまったあなたに非がありますわ」
「ではどうすればよかったというのだ。レーヴェルトは兄の息子だ。叔父である私が引き取るのが普通ではないか。それに、聖剣の使い手なんだ」

 つまり、レーヴェルトと聖剣はセットになっている。使い物になるように教育しなければならなかったのだ。その試みは今のところ失敗していて、今後も上手くいく見通しはこれっぽっちもないが。

「どうせ満足に剣を使えるようになりませんよ。お願いですから、あれを放り出してください!」
「そうはいかんと何度言ったらわかるのだ、いい加減にしてくれ、アリエラ! あれはそのうち、騎士養成校に入れる。それまで待て」

 騎士養成校は全寮制だ。ここから出て行くことになる。
 アリエラは怒りの形相を崩さないまま、鼻で笑った。

「あの子供が騎士になどなれるものですか。他家の子息と関わらせたらどうなることやら。いずれ人を殺すでしょうよ。もう殺したことがあるという話ではないですか。あの子供は、イーデンを傷つけようとしたのですよ!」

 アリエラは人づてに聞いただけだが、レーヴェルトがイーデンに魔法弾を放った件以降、全く彼を憎んでいるらしかった。

「ずっと閉じこめておくか、うんと遠くにやるかどちらかしかないわ」
「アリエラ、もう静かにしてくれないか」
「もしイーデンやガウリルに何かあったら、あなたのせいですからね」

 吐き捨てるように言うと、アリエラは部屋を出て行った。
 トリヴィスだってそうしたかった。
 本来であれば、レーヴェルトは兄の忘れ形見として教育し直して、騎士に育て、聖剣の使い手として国王陛下の側に仕えさせるのが理想だった。

 確かに娼婦の腹から生まれたという事実は外聞が悪い。しかし聖剣に選ばれたのだから、努力次第で周囲も納得させられただろう。
 だが不可能だ。お手上げだった。

 レーヴェルトは周りに対して敵意しかない。相手に舐められないように力をつける努力は欠かさないようだが、それだけだ。
 おそらくこれといった展望も希望もない。挑発と破壊を気怠そうに繰り返すだけだ。とてもではないが、まともな男に育て上げられそうにない。

 後少々の辛抱だ。養成校に入れればより厳しい規律の中で生活することになり、しごかれれば何か変わるかもしれない。
 けれど、トリヴィスの考えは甘かった。

 レーヴェルトは昨日より今日、今日より明日と、獰猛に、性悪に成長していった。
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