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第一部 聖剣とろくでなし
5、強くなるだろう
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トリヴィスが部屋に戻ると、待ち構えていた様子のアリエラが近づいてきた。
「どうでした? あの子供は」
名前を呼ぶのも嫌なようだ。この先が思いやられるな、とトリヴィスはため息をつきそうになった。気持ちはわからないでもないが、とにかくアリエラは潔癖で厳しい。妥協というものができない女だ。
「まるで狂犬だな。しかしただの犬ではない。狡賢い犬だ。始末におえないかもしれん」
あれは本気ではなかった。舐めてかかってきたようだ。
それでもトリヴィスは長く青年達を指導しているから、少し打ち合えば才能はわかる。
レーヴェルトは間違いなく、強くなるだろう。生まれつきの勘の良さもあり、場数を踏んでいるので相手の動きを読むのも長けている。鍛えるまでもなくほうっておいても、かなりの腕になると見た。
しかしその事実はトリヴィスを複雑な気持ちにさせた。
あれは聖剣が選んだ。それなりの才能があって当然かもしれないし、弱いよりは強い方がいいだろう。だが中身に難がある。
あのひねた目と顔つき。指導や教育をする中で数多くの人間を相手にしてきたトリヴィスに言わせると、あれは「駄目」だ。
いくら矯正しようとしても無理な人間というのはいる。精神の先天的な欠陥と言ってもいいだろう。
嫌な予感しかしなかった。
レーヴェルトは強くなるのだ。確実に。
歪んだ人間が力を手にすると、ろくなことにはならないだろう。
「レーヴェルトの力は、イーデン以上だ」
息子のイーデンも弱くはないが、上の下といったところで、能力が平均から突出しているほどでもない。レーヴェルトと勝負をすれば、確実に負けるだろう。
幼い頃から訓練してきたイーデンを容易に倒せる才能がありそうなのだ。
「まさか!」
アリエラは怒りの声をあげた。
眉を跳ね上げ、まるで夫が非常識なことでも言ったかのように、不愉快そうにする。
「イーデンが負けるはずがないではないですか。何を仰るの」
「私にはわかる。お前はレーヴェルトの動きを見たわけではあるまい」
あの場にいたら、また何で腹を立ててわめき始めるかわからないので連れて行かなかったのだ。
「しつけのなってない犬ではないですか、あんな子供。聖剣に選ばれたというのも何かの間違いです」
とにかくアリエラは、イーデンが聖剣の使い手になれなかったことに納得がいっていないのである。トリヴィスだって、息子が選ばれてくれればと一抹の期待はあった。
剣聖と呼ばれた父ほど、自分と兄のクラースは強くなれなかった。だから聖剣にも選ばれなかったのだろう。情けなく思う一方、聖剣の使い手になるという重責に堪えなくていいことに安堵もした。
息子のイーデンとガウリルに聖剣を持たせたが、反応はなかった。
一族の誰も使い手になれないという現実に焦りはあった。だが、あんな素行の悪い子供になってほしいとは少しも思わない。だとしたらいない方がまだましである。
(聖剣は、何故レーヴェルトを選んだのだ?)
トリヴィスは我知らず拳を固めていた。
「……あんな子供、見つからなければよかったのに」
アリエラが呟く。
「今更言ってもどうにもならん」
国王が手を回して調べていたとは知らなかった。一族の男は一通り聖剣を持たせたが誰も選ばれず、息子の子供にでも期待するしかないかと諦めていたところだった。
死んだ兄がどこぞの娼婦を孕ませていたなどとは初耳だ。レーヴェルトをこの目で見てもさほど兄に似ていなかったし、何かの間違いではないかと疑った。けれど聖剣が選ぶのなら、エデルルークの血筋の者なのだ。
兄は何を考えていたのだ。
エデルルークの血は絶やさず、けれども無闇に血縁者を増やさないよう慎重にやっていかなければならないと昔から言い聞かされてきたではないか。
万が一「妙な血」でも混ざって、「ろくでもない人間」が生まれて、それが選ばれでもしたら、取り返しのつかないことになるのだ。
だから婚姻関係を結ぶ相手もよくよく熟考されてきたというのに。台無しだ。責めようにも兄はもうこの世に住む者ではなく、非難の声は届かない。
――もしも、娼婦がまだ子供を産む前だったとしたら……。
「生まれる前に葬り去ればよかったんだわ」
妻の低い声に、トリヴィスは我に返った。そして厳しい口調でたしなめる。
「滅多なことを言うものではない。殺人は大罪だぞ」
アリエラの視線は冷ややかだった。
あなたもそう思っているのではなくて? と言いたげだ。
「私はあの子供を絶対に聖剣の使い手だなんて認めませんからね。あんな、薄汚い、下品な子供……。必ずやエデルルークの面汚しになりますよ。使い手としての資格を剥奪して、遠くに追放する方法はありませんの?」
「あるわけがないではないか」
国王の面前でレーヴェルトは選ばれたのだ。国王も認めた。聖剣はエデルルークの家宝ではあるが、国の所有物でもある。当主の一存で使い手の処遇については決められない。
「どうにか教育するしかない」
レーヴェルトの薄青い、淀んだ瞳を思い出すと気が重くなる一方だった。
「使い手にはイーデンが相応しいに決まっていますわ。私の息子が、どこぞの馬の骨に劣るなんてあり得ない!」
はっきり言って、トリヴィスも今後を考えると頭が痛く、気が滅入っていた。だから激高する妻の言葉を聞いて、「ああ、だが、お前の産んだ子供ではないがな」と危うくあたりそうになり、ぐっと口をつぐんだ。
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