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第一部 聖剣とろくでなし

4、実力

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 * * *

 エデルルークの邸に来て早々、実力を見るとトリヴィスに言われて、稽古場までレーヴェは引っ張り出された。聖剣を携えてトリヴィスについて行く。トリヴィスはレーヴェが聖剣を持っているのを見た瞬間、頬をわずかにひきつらせる。自分で持って来いと言いつけたものの、まだ家宝がこの子供のものになったという事実を受け入れられていないらしい。

 気の毒に、とレーヴェは心中せせら笑いながら同情した。
 敵に見立てて地面に立てられた丸太がある。トリヴィスはそれを指さした。

「斬ってみなさい」
「剣で丸太が斬れるわけがないだろ」
「お前が聖剣の使い手で、使いこなせるなら斬れるはずだ。その剣は岩すら断ち斬る」

 やれやれほんとかよ、とレーヴェは肩をすくめた。伝説のなんちゃらってやつは大体みんな話を盛られるのだから信用できない。
 だが、やれというのだから試してみるか。できなかったらさぞ満足するのだろう。

 聖剣を鞘から引き抜く。先日のような光は漏れなかったが、相変わらず刀身は輝かんばかりの白で、陽光が反射して美しい。刃こぼれはなく、今さっき作られたばかりのような真新しさがあった。鞘から抜く都度、刃が生まれているのではないかと疑いたくなる。
 実用的なもの以外に関心がないレーヴェですら、美しいと見とれるほどだった。

「丸太に斬りかかって大丈夫なのかよ。折れたりしない? 折れたらあんたが弁償しろよ。俺は知らないからな」
「折れるわけがないだろう。それより、お前は剣を持った経験はあるのか」
「まあな。パクった剣だけど。振り回したことならある」
「戦ったことがあると?」
「戦うなんて言ったら大袈裟だがな。揉め事で振り回したくらいだよ」
「人を殺したことは?」
「二、三人な。とどめを刺してないのを入れたら何人になるかは知らねー」

 エデルルーク様には聞くに耐えない話だったらしく、わかりやすくトリヴィスは顔を歪ませている。喧嘩が殺し合いに発展するのは彼らに言わせれば「お下品」なのかもしれない。

 レーヴェも今まで殺したいほど憎い奴はいなかったので、別に殺すつもりもなかったのだが、相手が斬りかかってくるので致し方なく反撃したのである。信じてもらえるかどうかは知らないが、一度だってこちらから仕掛けたことはない。正当防衛である。だからこうしてお咎めなしで生活してきた。

「やってみろ」

 言われて、レーヴェは剣を構えると丸太の方へと走っていった。
 剣を習ったことはないから、正しい持ち方も構えも知らない。が、要するにこれは武器なのだし、目的を果たせれば型なんてどうだっていいと思っている。
 疑念はあったが、斬りかかる瞬間だけはそれを捨てた。俺はこれを斬る、という一念で剣を振る。

 ――すると。

 ほとんど手応えもなく、剣はあっさり丸太に入っていく。まるで抵抗がなかったので、手前で空振りでもしたのかと疑ったくらいだ。
 丸太がすっとズレて、地面へと転がる。

 恐ろしいほどの切れ味だった。綺麗な丸太の断面を見て、レーヴェもこの剣がただの骨董でないことを思い知る。岩も斬れるというのだから斬ってみたくなった。
 トリヴィスはそんな光景を見つめて、何を思うのか口を真一に結んでいる。

「そこで待っていなさい」

 そう言っていなくなると、稽古用の剣を持って戻ってきた。

「この剣を持て。そして私に打ちこんできてみなさい」
「聖剣じゃダメなのかよ」
「私を殺す気か?」

 言われてみればそうだ。この威力――間違いなくまともな剣とは異なる切れ味だ――なら、稽古用の剣と一緒にこのおっさんをぶった斬ってしまうだろう。
 聖剣は建物の外壁に立てかけ、稽古用の研がれていない剣に持ち替えた。

「お前の力量を確かめる。本気で来い」
「本気ねぇ」

 本気、という言葉がレーヴェは苦手だった。どこからが自分の本気で、どこからが本気じゃないのか判断がつかない。不真面目だからなんだろうな、と自己分析する。
 とりあえず、手を抜くなという意味でとらえて、レーヴェはトリヴィスに向かっていった。

 踏みこんで、剣を横に振るう。どちらかと言えば、今までは剣より棒での喧嘩が多かった。小刀ならまだしも、長剣など手に入らないしぶら下げて歩くわけにもいかないから、手に馴染まない。
 とりあえず長いものを持ったら、それで相手に襲いかかるのだ。それしか考えていない。

 トリヴィスはレーヴェの攻撃を軽々と防いだ。それで当然だとレーヴェは思う。向こうは騎士団員の指導をしており、こっちはただの乱暴な小僧だ。特に悔しいという気持ちにはならなかった。
 トリヴィスが動こうとするとレーヴェは引く。相手の攻撃を受け、そのまま押し合いにならないように流して移動する。

 勝てるわけがないし小細工は通用しないのだから、とにかく仕掛けて仕掛けて仕掛けるだけである。何度防がれてもレーヴェは執拗に攻めた。攻めながら、どこかに隙がないかよく観察する。

(さすがにないか)

 力量の差を見分けるのは得意な方だ。無謀すぎると生き残れない。学はないが勘はいいとの自負があり、喧嘩の駆け引きも慣れたものだ。
 むきになって剣を振るうふりをして、わざと隙を作る。トリヴィスがそこを狙おうとする。
 首元に迫る刃を素早く弾いて懐に飛びこむつもりだったが、やはりそう簡単にはいかなかった。

 トリヴィスも別に打ち負かそうというつもりはなかったようで、レーヴェがいよいよ疲れを感じてきたところで切り上げた。

「……粗野な戦い方だな」
「礼儀を習ったことなんてないんでね」

 トリヴィスはレーヴェの力量に対して、良いとも悪いとも言わなかった。ただ難しげな顔をしているだけだ。何かが気に入らないであろうことは間違いない。

 一方レーヴェはというと、こちらもトリヴィスの剣さばきを確かめるつもりで向かっていった。なるほど、そこらのごろつきとは違う。だが精彩を欠いている。レーヴェの剣筋など見切っているが、動きにどこかしらぎこちなさがある。エデルルークの当主だというのに、騎士団長でないというのも引っかかった。

「あんたは何で騎士団に入って戦わないんだ?」

 そう直球で尋ねると、トリヴィスは表情を変えずに答えた。

「若い頃に足を負傷をした。そのせいで未だに足は満足に動かない。戦いには出られないのでな」

 なるほど。普段歩いているのを見る限りでは全くわからないが、訓練したのだろう。日常生活を送るのに支障はないが、前線には立てないし年齢も鑑みて、一歩引いた活動をしているのだ。
 部屋に戻れと指示されて、レーヴェは聖剣をつかむと素直に従った。
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