4 / 115
第一部 聖剣とろくでなし
4、実力
しおりを挟む* * *
エデルルークの邸に来て早々、実力を見るとトリヴィスに言われて、稽古場までレーヴェは引っ張り出された。聖剣を携えてトリヴィスについて行く。トリヴィスはレーヴェが聖剣を持っているのを見た瞬間、頬をわずかにひきつらせる。自分で持って来いと言いつけたものの、まだ家宝がこの子供のものになったという事実を受け入れられていないらしい。
気の毒に、とレーヴェは心中せせら笑いながら同情した。
敵に見立てて地面に立てられた丸太がある。トリヴィスはそれを指さした。
「斬ってみなさい」
「剣で丸太が斬れるわけがないだろ」
「お前が聖剣の使い手で、使いこなせるなら斬れるはずだ。その剣は岩すら断ち斬る」
やれやれほんとかよ、とレーヴェは肩をすくめた。伝説のなんちゃらってやつは大体みんな話を盛られるのだから信用できない。
だが、やれというのだから試してみるか。できなかったらさぞ満足するのだろう。
聖剣を鞘から引き抜く。先日のような光は漏れなかったが、相変わらず刀身は輝かんばかりの白で、陽光が反射して美しい。刃こぼれはなく、今さっき作られたばかりのような真新しさがあった。鞘から抜く都度、刃が生まれているのではないかと疑いたくなる。
実用的なもの以外に関心がないレーヴェですら、美しいと見とれるほどだった。
「丸太に斬りかかって大丈夫なのかよ。折れたりしない? 折れたらあんたが弁償しろよ。俺は知らないからな」
「折れるわけがないだろう。それより、お前は剣を持った経験はあるのか」
「まあな。パクった剣だけど。振り回したことならある」
「戦ったことがあると?」
「戦うなんて言ったら大袈裟だがな。揉め事で振り回したくらいだよ」
「人を殺したことは?」
「二、三人な。とどめを刺してないのを入れたら何人になるかは知らねー」
エデルルーク様には聞くに耐えない話だったらしく、わかりやすくトリヴィスは顔を歪ませている。喧嘩が殺し合いに発展するのは彼らに言わせれば「お下品」なのかもしれない。
レーヴェも今まで殺したいほど憎い奴はいなかったので、別に殺すつもりもなかったのだが、相手が斬りかかってくるので致し方なく反撃したのである。信じてもらえるかどうかは知らないが、一度だってこちらから仕掛けたことはない。正当防衛である。だからこうしてお咎めなしで生活してきた。
「やってみろ」
言われて、レーヴェは剣を構えると丸太の方へと走っていった。
剣を習ったことはないから、正しい持ち方も構えも知らない。が、要するにこれは武器なのだし、目的を果たせれば型なんてどうだっていいと思っている。
疑念はあったが、斬りかかる瞬間だけはそれを捨てた。俺はこれを斬る、という一念で剣を振る。
――すると。
ほとんど手応えもなく、剣はあっさり丸太に入っていく。まるで抵抗がなかったので、手前で空振りでもしたのかと疑ったくらいだ。
丸太がすっとズレて、地面へと転がる。
恐ろしいほどの切れ味だった。綺麗な丸太の断面を見て、レーヴェもこの剣がただの骨董でないことを思い知る。岩も斬れるというのだから斬ってみたくなった。
トリヴィスはそんな光景を見つめて、何を思うのか口を真一に結んでいる。
「そこで待っていなさい」
そう言っていなくなると、稽古用の剣を持って戻ってきた。
「この剣を持て。そして私に打ちこんできてみなさい」
「聖剣じゃダメなのかよ」
「私を殺す気か?」
言われてみればそうだ。この威力――間違いなくまともな剣とは異なる切れ味だ――なら、稽古用の剣と一緒にこのおっさんをぶった斬ってしまうだろう。
聖剣は建物の外壁に立てかけ、稽古用の研がれていない剣に持ち替えた。
「お前の力量を確かめる。本気で来い」
「本気ねぇ」
本気、という言葉がレーヴェは苦手だった。どこからが自分の本気で、どこからが本気じゃないのか判断がつかない。不真面目だからなんだろうな、と自己分析する。
とりあえず、手を抜くなという意味でとらえて、レーヴェはトリヴィスに向かっていった。
踏みこんで、剣を横に振るう。どちらかと言えば、今までは剣より棒での喧嘩が多かった。小刀ならまだしも、長剣など手に入らないしぶら下げて歩くわけにもいかないから、手に馴染まない。
とりあえず長いものを持ったら、それで相手に襲いかかるのだ。それしか考えていない。
トリヴィスはレーヴェの攻撃を軽々と防いだ。それで当然だとレーヴェは思う。向こうは騎士団員の指導をしており、こっちはただの乱暴な小僧だ。特に悔しいという気持ちにはならなかった。
トリヴィスが動こうとするとレーヴェは引く。相手の攻撃を受け、そのまま押し合いにならないように流して移動する。
勝てるわけがないし小細工は通用しないのだから、とにかく仕掛けて仕掛けて仕掛けるだけである。何度防がれてもレーヴェは執拗に攻めた。攻めながら、どこかに隙がないかよく観察する。
(さすがにないか)
力量の差を見分けるのは得意な方だ。無謀すぎると生き残れない。学はないが勘はいいとの自負があり、喧嘩の駆け引きも慣れたものだ。
むきになって剣を振るうふりをして、わざと隙を作る。トリヴィスがそこを狙おうとする。
首元に迫る刃を素早く弾いて懐に飛びこむつもりだったが、やはりそう簡単にはいかなかった。
トリヴィスも別に打ち負かそうというつもりはなかったようで、レーヴェがいよいよ疲れを感じてきたところで切り上げた。
「……粗野な戦い方だな」
「礼儀を習ったことなんてないんでね」
トリヴィスはレーヴェの力量に対して、良いとも悪いとも言わなかった。ただ難しげな顔をしているだけだ。何かが気に入らないであろうことは間違いない。
一方レーヴェはというと、こちらもトリヴィスの剣さばきを確かめるつもりで向かっていった。なるほど、そこらのごろつきとは違う。だが精彩を欠いている。レーヴェの剣筋など見切っているが、動きにどこかしらぎこちなさがある。エデルルークの当主だというのに、騎士団長でないというのも引っかかった。
「あんたは何で騎士団に入って戦わないんだ?」
そう直球で尋ねると、トリヴィスは表情を変えずに答えた。
「若い頃に足を負傷をした。そのせいで未だに足は満足に動かない。戦いには出られないのでな」
なるほど。普段歩いているのを見る限りでは全くわからないが、訓練したのだろう。日常生活を送るのに支障はないが、前線には立てないし年齢も鑑みて、一歩引いた活動をしているのだ。
部屋に戻れと指示されて、レーヴェは聖剣をつかむと素直に従った。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました
昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる