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第一部 聖剣とろくでなし

3、二人の少年

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 食事が終わるとあてがわれた部屋へと戻るため、レーヴェは席を立って廊下に出た。さすが王都の有名貴族の邸となると豪華だ、あの飾り物は売り払ったら幾らになるだろう、と考えながら歩いていく。
 部屋に入ると、例の聖剣は寝台の上に無造作に置かれたままだった。その隣に腰をかける。

 少しするとノックの音がして、誰かが部屋に入ってきた。長男のイーデンだった。入り口に立ったまま、神妙な顔をしてこちらを見てくる。

「あまり母上を怒らせない方がいい」

 親切にもわざわざ忠告しに来てくれたのだろうか。
 しかしこのイーデンはいかにも貴族の子息といった雰囲気で、真面目そうである。有名貴族の跡継ぎという立場であれば、子供の頃からしっかりするよう教育されているのかもしれない。

「あの方は恐ろしい人だ。不興を買って損をするのは君だぞ」

 息子がそう言うなら余程なのだろう。しかしレーヴェにはどうでもいいことだった。
 レーヴェが黙ったままじっと顔を見つめるので、イーデンは怪訝そうに眉をひそめる。

「お前ってさ、まだ童貞?」

 レーヴェが投げかけた言葉の意味を理解するのに数秒要したらしい。何せ突拍子もない質問だった。イーデンの顔が羞恥のために、見る間に赤くなっていく。

「な……」
「その反応はやっぱ未経験か。お貴族様はどんな女をあてがわれるのか聞いてみたかったけど、お前に聞くのは早いみたいだな」

 育ちの良いイーデンはこの下世話な発言にどう対応してよいかわからなかったらしい。絶句したまま口をわずかに動かしていたが声にならず、唇を噛んでレーヴェを睨む。
 レーヴェはというと、唇の端を曲げて子供らしくない笑みを浮かべていた。無論、このお坊ちゃんをからかっているのである。

 イーデンはそれ以上は何も言わず、黙って部屋を出て行った。
 誰かと仲良くやろうなどという気は毛頭なかった。勝手に引っ張りこんだのは向こうである。気にくわないなら叩き出せばいい。それまではせいぜい居座って、利用できるだけ利用させてもらおう。

 衣食住が確保されていればそれ以外の不愉快さなど屁でもないのである。
 レーヴェは改めて、横にある聖剣を手にとった。軽い木材でできているかのように重量がない。使い手以外の人間には大層重く感じるらしいのだが。

 見た目はまあ、そこそこ由緒がありそうな古物である。古物商のところに持ちこめば、高値で売れるだろう。
 立派ではあるが、伝説の聖剣と言われてもぴんとこなかった。自分が選ばれたという事実も。

「お前は俺に何をしてほしいわけ? 悪いけど、俺、何もしないぜ。誰かのために何かするの、嫌いだからな。お前のことも大事にしようって気はないから。使い手の件、取り消すなら今のうちだぜ」

 剣は変わらず沈黙している。
 どう考えても、レーヴェは聖剣に選ばれるような人間ではなかった。それはエデルルーク一族に同調する。己をことさら卑下しているわけではないが、育ちは悪いし性格は悪いし頭も良くなければこれといった才能があるようにも思えない。

 それとも、素質など関係ないのだろうか。血族からくじ引きで選ぶようなノリなのか?

「まあ、どうでもいいわ」

 結局、運命なんて自分でどうにかできるものではない。誰であっても。
 どんな人間を父母に持つか決められないし、どんな子を産むかも決められない。
 海に投げられた木切れのように波間を漂うしかなくて、それが人生なのだとレーヴェは思っている。生まれてすぐ捨てられて、ゴミを食って、盗みをやって喧嘩をして、這いずりまわって生きてきた。

 そうして歪んでしまった自分の性格は、誰にだって正せない。

(気取った貴族の奴らをひっかき回すってのも楽しそうだな。いい暇つぶしになりそうだ)

 貴族というものに妬みや僻みがなかったとは言えない。それは何もレーヴェだけではなく、貧困に苦しんだ者なら時折抱く、自然な感情だ。

 ただ、普通はそれを相手にぶつけたりしない。モラル以前に、火をつければ自分に火の粉が降りかかる可能性が高く、危ないからだ。しかしレーヴェは普通ではなかった。彼は凶暴で、燃えるならどこまででも燃えてしまえ、と燃えさかる炎を見てシニカルな笑みを浮かべるのが好きな、どうしようもない子供だったのだ。
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