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第一部 聖剣とろくでなし

2、気まずい夕食

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 * * *

 名前がレーヴェルトだというのは誰から聞いたのだか思い出せない。そう呼ばれていたので、まあそうなのだろう、と自分でも名乗っていただけだ。ただレーヴェルトというのがどことなく大仰な気がしたから短くレーヴェと周りに呼ばせていた。

 聖剣騒動の後に父親が付けたのだと聞かされたが、だからどうだというのだ、という感想しかない。顔も知らないし、興味がない。女をはらませて責任も取らないくせに、名前を付ける権利があると思っているなんて滑稽な男だと嘲笑する気にしかならなかった。
 よってレーヴェは、父クラース・エデルルークについての人となりなどを周囲に尋ねようともしなかった。


「ここがお前の部屋だ」

 レーヴェが案内されたのは、王都にあるエデルルーク邸の一室だった。

 案内したのは現在の当主、レーヴェの叔父にあたるトリヴィスである。父の弟のはずだが、レーヴェと血縁を感じさせる要素は少ない。レーヴェの髪は砂色だが、トリヴィスは灰色だ。唯一瞳の色だけは同じ、青みがかった灰色である。

 騎士一族で宮仕えをしているエデルルークはその大半が王都に居を構えている。有力貴族ということでその邸宅も立派なものだ。
 トリヴィスは騎士養成校と騎士団の監督の職についている。

 レーヴェに割り当てられた部屋はこれまた豪華であった。聖剣を抱えたレーヴェは部屋を見回す。大きな寝台、クローゼット、机。これまで生きてきて目にしたどんな調度品より高級そうで、そういうものが一気に目に飛びこんでくる。当然ではあるが、粗末な物が一つもない。

「お前は今日よりエデルルーク家の一員となるのだ。もうそこらの野良犬のような存在ではない。くれぐれも家名に泥を塗るような行動は謹んでもらおう」

 短い髪を後ろに撫でつけ、貴族然とした上品で厳めしい風貌のトリヴィスは、レーヴェに強い口調で言い聞かせる。

「泥を塗るような行動って、たとえば?」
「陛下に対する無礼な言動や、品のない行為だ」
「品がないのは生まれつきなんでね。あんたの兄貴が女に種付けする時に品性を加えるのを忘れたんじゃねーの?」

 はっ、とレーヴェが鼻で笑うと、トリヴィスは眉間の皺を深くした。下品な物言いはお貴族様には免疫がないと見える。
 レーヴェは寝台に剣を放り投げた。それを見たトリヴィスの表情が一段と険しくなる。

「忘れるな。お前は我らの恩情でここに住まわせてやるのだ」
「俺が置いてくれって頼んだか? 嫌なら追い出せばいいだろ」

 トリヴィスはひとしきりレーヴェを睨みつけると、無言で部屋を出て行く。顔を真っ赤にして怒鳴りつけないところを見ると、それなりに我慢強いのだろう。
 あの男だって小汚い孤児なんて本音を言えば家に入れたくないに決まっている。しかし国王の見ている前で聖剣の使い手は見つかったのだし、そうと決まった以上放置するわけにはいなかいのだ。

 きっと、「身分の低い私をこんなに良い目にあわせてくださってありがとうございます」と泣いて地面に額をこすれば満足がいったのだろう。貴族の考えそうなことだ。靴でも舐めれば頭くらいは撫でるかもしれない。
 冗談ではなかった。レーヴェは誰にだって頭を下げたくないし、媚びるのも御免だ。十四を過ぎた今日まで、他人をあてにせず一人で生きてきたのである。

 貴族も王様もしょせんは皆人間だ。大して腕力も根性もない輩が、生まれが良いだけでふんぞり返っているのを見ると反吐が出る。
 エデルルークの血が流れていると言われたところで、嬉しくもなんともない。父親が誰であろうが、身内がどんな人間であろうが、自分は自分で、何一つ変わるものなどないからだ。

 レーヴェは寝台に乗っかっている聖剣を見下ろした。

「何でお前も、俺なんか選ぶんだよ。おかしな奴だな」

 当然だが、剣は何も喋らない。

 * * *

 身を清めて服を着替えろと命令されて、用意されたものに身を包んだが、何やらごわついていて着心地が悪い。今まで袖を通していたぼろ布のような服は、着古してよれよれだったが動きやすかった。高級なお召し物というやつは材質まで気取っているらしい。

 使用人に声をかけられ、レーヴェは夕食の席に顔を出すこととなった。
 馬鹿みたいに長い机に、豪華な料理が並べられている。席についているのはエデルルーク家当主トリヴィス、妻のアリエラ、そして長男と次男だ。長男イーデンはレーヴェと同い年らしかった。

 アリエラは不機嫌さを露わにしている。もしかすると、育ちの悪い人間と食事をすると体がむず痒くなる体質なのかもしれない。
 レーヴェはソースのかかった羊の肉に、フォークを真上から突き刺した。切り分けもしないでかぶりつく。マナーも何もない食べ方に、夫人が目を吊り上げる。

「まるで犬だわ」
「アリエラ。この子はろくな生活をしてきていないんだ。食べ方など知らないに決まっている」

 犬食いをしたわけではない。ちゃんとフォークで刺している。それとも、貴族が飼う犬はフォークで肉を食べるのだろうか? 見てみたいものだ。
 わざと音を立て、こぼしながら食事をしてやると、思った通りアリエラの怒りは膨張していき、こめかみに青筋が立っている。

「レーヴェルト。お前は今までどうやって生活をしてきた? 孤児院を抜け出したそうだな」

 食事をしながらトリヴィスが尋ねてきた。
 自分を生んだ娼婦の女は、名前はおろか消息も不明だ。捨てられた赤ん坊のレーヴェは教会に預けられ、それからそこの孤児院で育った。捨てられた際、人づてに名前は知らされたらしい。
 レーヴェはそこでも鼻つまみ者で、問題を起こしては折檻されていた。周囲との折り合いが悪く、こんなところではやってられない、と十歳で孤児院を飛び出した。

 仕事も一応していた。八百屋の野菜運びだとか、朝市の開店準備、配達、掃除、使い走り、小銭が欲しければなんでもやった。幸い体が丈夫だったので労働は何でもこなせたのである。
 ただ、汚いことも数え切れないほどしてきた。そうせざるをえなかった。綺麗事というやつは腹を膨らませてくれないからだ。

 だからレーヴェは、どうやって暮らしていたかについては、細々とした説明はせず、一部だけ抜粋して説明した。

「盗みで食ってたよ。他人の財布盗んだり、荷物盗ったり。知ってるか? 金持ちで偉そうな奴って、たまに町を歩いていると絶好のカモなんだ。あんたらみたいな貴族から貴重品をかすめとるのは爽快だったぜ」

 アリエラはテーブルに手を打ち付けた。

「恥を知りなさい! なんです、犯罪をしでかしたことを得々と喋って、情けないとは思わないのですか!」

 激高する夫人に、レーヴェは怯まず言い返した。

「お貴族様は知らねぇだろうな。あんたらは国の中央で綺麗な水だけすすってるんだからさ。隅にいけばどれだけ水が淀んでると思う? 俺達下々の者は、その腐りかけた水を飲んでるんだよ。それも、奪い合ってだぜ? 盗みなんて誰だってやってる。品行方正で素晴らしいって誉められるために行動していたら、飢え死にするからな」
「アリエラ、静かにしなさい」

 夫にたしなめられたアリエラは、唇をわななかせて「口の達者な子供だこと」と呟き、食事を続ける。長男と次男は不穏な雰囲気に眉を曇らせ、目を見交わしていた。
 レーヴェは場の空気を壊すのが好きな性悪な子供だった。挑発に相手が乗ってくると楽しくなる。

「レーヴェルト。お前は聖剣の使い手に選ばれた。将来は国王陛下のお側に仕える身となるだろう。そのための教育を施す。特に剣技を磨いてもらおう」

 トリヴィスの言葉に、才能があるかはわからないですけどね、とアリエラは小声で言う。
 レーヴェとしては特に異存はなかった。寝床と食事の心配はしなくていい。丁度手持ちの金が尽きて困っていたところだ。誰から盗もうかと物色しているところで王宮に連行されたのである。

 ここの家族は鼻持ちならない連中だが、そんなことを気に病むほどレーヴェは繊細ではない。剣技を磨くというのはすなわち、稽古をつけるという意味だろう。悪くなかった。喧嘩は強い方がいい。
 弱い者は死に、強い者は生き残る。それが世の中だということを、レーヴェは幼い頃より世間から叩きこまれてきた。暴力であらゆるものをもぎとって今日まで生きてきたので、喧嘩の強さには自信があった。

 そうして顔合わせの気まずい夕食の時間は過ぎていった。
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