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第一部 聖剣とろくでなし

1、孤児と貴族と聖なる剣

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 謁見の間は、異様な空気に包まれていた。
 疑念、焦燥、怒り。そこに集う人々の大半が、落ち着かない気持ちでその時を待っている。

 ――そんなわけがない、あってはならない。

 王の面前というのもあって口を開くのは謹んでいたが、誰しもが否定の言葉を呟きたくてたまらなかっただろう。
 並ぶのは、大国ファイエルトの騎士一族、エデルルーク家の面々である。国王から代々騎士爵を賜る彼らは、騎士といっても特別で、建国以来王家に仕え、守り抜いてきた存在だった。

 そして張りつめた沈黙の中、一人の少年が左右から抱えられるようにして広間へと連れてこられた。歳の頃は十四かそこらで、小柄ではないが明らかに子供だとわかる。粗末な身なりからして、ろくな生活はしていないであろうことが知れた。

 砂色の髪に、獰猛な目つき。世の中全てを信用していないというような顔つきである。
 引っ立てられてきた少年を見て、国王は口を開いた。

「何故そのように乱暴に連れて来たのだ?」

 少年をつかむ二人の男は、エデルルーク家の者だ。二人は顔を歪めて弁明した。

「この者は酷く暴れて、言うことを聞きませんので……」

 押さえつけられ膝をついている少年は首を動かして、集まった貴族の顔を眺めている。最後に目の前にいる国王へ視線を止めた。

「あんたが王様?」

 ぞんざいな口のきき方に、彼をとらえる二人は顔色を変える。

「貴様……! 無礼な口を!」
「よい。まだ子供だ」

 国王レイフィル二世は穏やかに制した。少年はそんな国王を胡散臭そうな目で見上げている。

「お前の名は、レーヴェルトだそうだな」

 訪ねられ、少年は浅く頷く。

「己の父がどのような人物か知っているか」
「……知りませんね。母親が娼婦で、邪魔な俺は犬みたいに捨てられたって話は聞いてますけど」

 とりあえず丁寧な口調にはしているが、わざとらしくて挑発的だ。周りにいる者は怒りと嫌悪で表情を険しくし、少年を睨んでいる。少年も自分が歓迎されていないのを承知しているらしく、敵意がむき出しだ。

「よろしい。では教えよう。お前の父はクラース・エデルルーク。かつて騎士団長を務めたエデルルーク家の当主である」
「そいつは今どこに?」
「事故で死んだ」
「へえ」

 興味のなさそうな相づちだった。そんな事実、腹の足しにもなりゃしない、と言いたげだ。

「剣をここへ」

 国王が声をかけると、黄金で装飾が施された、見事な一振りの剣が運ばれてきた。飾りは華美ではないが目をひくもので、それがその辺にあるただの武器とは格が違うことを物語っていた。古びてはいるが、年月によって損なわれたものは何もない。

「これは、ファイエルト国の建国より以前から存在し、エデルルーク家に代々伝わる聖剣である。この剣は使い手を選ぶ。今まで、エデルルーク家の何人もの男子が聖剣に選ばれてきた」

 厳かに語る国王へ、少年は黙って耳を傾けている。

「しかし今代の使い手は不在である。お前の父も、一族の者ものだ。エデルルークの血縁の男には手当たり次第剣を持たせてみたが、誰一人として扱えぬ」
「情けねぇ話だな」

 恐れを知らない少年は、呆れたように鼻で笑った。少年を取り巻く者の中で、一人の婦人が憎々しげに唇を噛んでいる。

「あらかた調べて、該当する者はもういないようだ。しかしレーヴェルトよ、お前がクラースの息子であることが判明した。よってお前にも試してもらう」
「失礼ながら陛下、このような下賤な者が使い手に選ばれる可能性はないと思われます。時間の無駄かと」

 耐えかねてか、一人が前に進み出て意見する。聖剣を手にした国王は、その者にちらりと視線を投げた。

「我々に聖剣の意思は知ることができぬ。誰を選ぶかは聖剣次第だ」
「いないのなら無理をしてさがす必要もないのでは。これまでも使い手が不在で問題はありませんでした」
「世がいつまでも平らかであると思うか? いつ何時不測の事態が起きるとも限らないではないか。有事の際に聖剣の使い手がいるのといないのとでは事情が変わってくる。資格がある者がいるのならば、確かめてみるべきだ」

 エデルルークの者は反論をこらえ、頭を下げると一歩退く。納得はしていなさそうである。小汚い孤児に家宝を触らせるのは抵抗があるのだろう。

「さあ、手に取るのだ。そして鞘から剣を抜いてみよ、レーヴェルト」

 押さえつけられていた手が離され、左右の人間を睨むと、少年は差し出された剣を胡乱な目つきで眺めた。父の素性を知っても、連れてこられた理由を聞いても、自分が試されていると知っても、何の感慨もないらしい。

 気怠そうに手をのばして、聖剣を受け取った。
 柄を握り、力をこめる。
 人々が固唾を飲んで見守っている。早くこの茶番が終わり、場違いな子供が退出しますようにと願いながら。

 異変が起きた。
 明らかに空気が一変する。「気」のようなものが、視覚でとらえられない「流れ」が剣の方へと集中していく。そしてついには風が起こり、ふわりと少年の前髪が浮いた。

 白刃が。
 輝く刀身が現れる。

 光がこぼれて、少年が照らされる。額が、瞳が輝く。
 鞘から抜かれた瞬間に、刃が光によってその場で作られていくような光景だった。
 人々は眩しさに目を細め、驚愕に表情を凍りつかせた。国王も目を細めながら、黙って眼前で起こる現象を見つめている。彼の顔には一切の動揺もあらわれていなかった。

 少年がすっかり鞘から剣を抜くと、たちまち光はおさまって刀身もごく普通のものと変わらない様子となる。
 誰も、何も言わなかった。
 広間は水を打ったような静けさに包まれている。エデルルークの一族は、受け入れ難い現実に声を失っていた。

 伝説の聖剣は、使い手を選んだのだ。それも、娼婦の腹から生まれ、地べたを這いずりながら生きてきた賤しい孤児の少年を。
 その場にいる者達が証人だった。確かにその目で見た。

 国王が声を発する。

「お前が今代の聖剣の使い手として選ばれたようだ。レーヴェルト・エデルルークよ」

 少年は手にした剣をためつすがめつしている。重量のありそうな見た目に反して、木の枝でも持っているかのように軽々と動かしていた。
 剣を持ったまま、少年が集まった一同をぐるりと見回す。

 驚愕、拒絶、憎悪、絶望。そこに浮かんでいる様々な表情を、面白そうに眺めている。己に負の感情が向けられているのが愉快でたまらないらしい。
 ひねくれた少年は、唇の端をつり上げた。笑みというにはあまりに歪んだその形は、そのまま彼の心の歪みを表している。

「……だそうだぜ。残念だったな、エデルルークのお貴族の皆さん」

 この時から、レーヴェルト少年はエデルルーク家の一員として正式に認められることとなった。聖剣の使い手に選ばれたのだから当然だ。

 そして、この出来事は、エデルルーク一族にとって「最悪」の始まりであり、恥辱に他ならなかった。
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