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第二章 勇者

EP010 2.4 女神の契約

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 強く強く、心から願えば、その願いは叶う――――。
 
 おばあちゃんが昔、そう言ってた。
 心から願い望むことは、新たな可能性を作り出すことがあると。

 私は、「そんなの嘘だ。いくら願ったってかなわないことだってあるもん」と反発した。

 何も出来ない私が、出来ることは願いを込めて祈ること。
 もしもこの願いが、この望みが、新たな可能性を作り出すことを願って。

 私は両手を組んで、目を閉じる。

 漆黒の空間の中でイメージするのは、水。
 植物を育てる、雨の水。
 そして今朝見た澄んだ美しい湖の水。
 
 それは、全ての生命の源。
 そこにフニオの白い光の霧を凝縮するイメージ。
 温かい癒しの海で包み込む……。

『その願い、きっと届くよ』

 脳裏に響く、どこかできいたことのある男性の声が囁く。
 穏やかなその声は初めて聞く声のはずなのに。不思議、心が落ち着いていく。
 
 同時に、私の体の中で何かがよどみなく巡り始める。
 ……温かい。でも、力強い力の流れ。

 「優花」

 ――――優花。

 ――――優花!

「優花! それ以上魔力を練るな、止めろ!」
 
 必死で止めるフニオの声に、私はハッとして目を開ける。
 目に飛び込んできたのは、アンバースクウィレルの美しい姿。

 その体は空中に浮かびあがり、全体を乳白色の水の球体が包んでいる。
 水の中で、アンバースクウィレルの体は浄化され、
 体の傷を少しずつ癒していく。
 
 温かい光を背にうけて、茶色の毛皮がキラキラと光る。
 その姿を見て、私は感じた。

 ――――あぁ、女神だ。

♢♢♢
 
 アンバースクウィレルのダークグレイの両目が開かれると、水の球体は上からスッと消えていった。
 ゆっくり降下してくるアンバースクウィレルの体を、私は両手で支える。

 美しい光沢のある茶色の、柔らかい毛皮。
 フワフワしててとてもかわいい。
 警戒されている様子ではないので、しきりにナデナデしてみる。
 するとアンバースクウィレルからの熱い視線を感じた。

 ――――? なにか、訴えかけられている??

 私とアンバースクウィレルが、同時にフニオをじっと見つめる。
 やれやれといった表情で、フニオが告げる。

「運命、というヤツか。アンバースクウィレルは、優花と“契約”したいようだ」
「契約?」
 
 その言葉にアンバースクウィレルの瞳が一層輝く。

「アンバースクウィレルの契約は、アンバースクウィレル自身の魂を、優花の魂に結び付け、優花が死ぬかこの世界を離れる時まで運命を共にするものだ。契約すれば大きな力を手にすることができるが、同時に危険も伴う。どうするかを決めるのは優花だ」
「うん」

 私はアンバースクウィレルに向かって話しかける。

「ありがとう。あなたは私のために力を貸してくれるの?」

 アンバースクウィレルは、
 その小さな首を縦に振り、ダークグレイの目を潤ませて私を見つめる。
 なによりその愛らしさ、可愛らしさは計り知れない。

「私、あなたと契約する。私と一緒に来てくれる?」

 アンバースクウィレルの目がキラキラと輝き、
 とても嬉しそうな表情をする。
 小さな額に金色の四つ葉のマークが浮かび上がると、
 それが私の左手の甲に移りスッと消えていく。

「契約が完了したみたいだな。アンバースクウィレルに名前をつけるといい」

 アンバースクウィレルはワクワクしているような表情を見せる。
 ネーミングセンスを期待されると、少し困る。
 でも、敢えてつけるのなら。大好きなマロングラッセから取って、マロン、だ!

「マロン。……マロンに決めた!」
「魔獣マロンか」

 魔獣マロン。
 うん、我ながら可愛い名前を思いついたと思う。
 この名前をマロンは喜んでくれるかな?

「わたしの名前、マロンなの?」

 ケガをしていたときとは違い、どこかのんびりした穏やかな声が聞こえる。
 フニオの時もそうだったけれど、やっぱり話せるのはうれしい。
 しかもこの感じ、マロンは癒し系に違いない。
 ちょっとイントネーションが変だけど、……かわいいから許す!!

「名前、気に入ってもらえたかな」
「気に入ったの! わたし、マロンなの! あなたの名前どんなの?」
「火口優花っていうの。優花って呼んで!」
「優花、助けてくれて、あり…が…なの……」

 マロンは、私の手の中ですやすやと眠る。
 この状況はさすがに予想していなかっただけに、呆然とする。

「えっと……マロン、寝ちゃった……?」
「魔力切れだろうな」

 両手の上で寝ているマロンを見つめる。
 安心したような穏やかな寝顔。
 フニオに助けられた後の私も、こんな顔して寝ていたのかもしれない。

「ありがとう、フニオ。マロンを助けられたのは、フニオのおかげだよ」
「いや、この結果を引き寄せたのは優花自身だ。それに俺の回復の霧まで取り込むとはな」

 キリリとした表情が穏やかな表情に変わる。
 フニオも優しい表情が出来るのは少し意外だけども、なんだか嬉しい。
 そして、こんなやり取りが出来ることも、嬉しい。

 私は、眠っているマロンのために枯草を取ろうと、しゃがむ。
 足にズキンと猛烈な痛みが走る。

「忘れてたわ。フニオ、足の治療をお願いしてもいい?」
「そうだな、すまん。なかなかひどい状態だな。よくこの状態で我慢してたものだ」

「それがね、不思議なことに立った今、痛みを感じたの」

 フニオが白い光の霧で治療を始める。
 痛みが取れて座れるようになると、
 前よりもさらに速いスピードで回復していくような気がする。

「……回復するのが速いな。マロンの、加護……か?」
「加護? マロンの?」

 フニオが治療している間、私は枯草をあつめて丸めていた。
 
「よし! 完成かな!」

 これで少しは寝心地がいいかもしれない。 
 マロンを起こさないようにマロンの体をそっと枯草を丸めたものの上に置く。

 カナタが寝てたベットもそう言えば母と一緒に手作りしたんだった。
 あの時、カナタはとても喜んでくれた。

 ――――ああ、カナタ。会いたいな。

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