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センセ、と永遠のキスでささやいて_5

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 ガタン、という物音にびくりと震えて、蒼くんの腕を掴む手に力が入った。
 ギィ……ギィ、とどこかで錆びついてきしむような音が繰り返し鳴っている。

 足元を照らす懐中電灯のぼんやりした灯りだけでは頼りなさすぎて、進路を確認しつつ歩く成瀬くんにしがみついているしかできない。
 入り口で靴を脱いであがるせいか、足元に転がっている何かを蹴っただけでも、柔らかなものを踏んだだけでも、感覚が研ぎ澄まされているせいで息が止まりそうになる。
 3年生が企画したストーリー仕立てのお化け屋敷は、あっという間に校内でかなりの人気を集めていて入るのにも30分待ちだった。
 かなりつくりこまれていて、暗闇の中で得体の知れない物音や、突然うなじに触れるような冷風や滴る水、いろんな仕掛けにどんどん恐怖ばかりが増している。

 いくつかのミッションをクリアしながら出口に向かう趣向になっていて、ようやく最後の部屋の前にたどり着いた時には、さすがにふらふらだった。

「大丈夫?」

「じゃない」

 小さく笑った蒼くんのその余裕が恨めしい。
 悔しさに顔を背けると、ちょうど正面の位置に鏡があって、そこに何かが映ったような、いや動いたような。
 目をこらすと、そこに長い黒髪のようなものがあるのが見えて。

 え、と思った瞬間、鏡の中のそれが振り向いた。
 爛れた顔をざんばらの髪が覆い隠すかのような女の人が手をのばしてきて、同時に後ろから絶叫と唸り声が聞こえて、慌てて振り返れば、通ってきた方角からずるりと何かを引きずるような人間の姿をしたものが迫ってきていた。

 思わず文化祭のお化け屋敷だということも忘れて悲鳴をあげた。

「やだ、もうやだ!」

 半泣きで蒼くんにしがみつくと、ぐっと抱き寄せられた。

「限界?」

「無理。出たい。早く出たい。もうやだ。怖い、やだ、来ないで!」

 背中から誰かの冷たい手が触れて、背中を悪寒が走り、悲鳴をまたあげた。
 その瞬間、蒼くんはさらに私を抱き上げ、そのまま目の前の扉を体で押し開けて。
 それからは出口まで蒼くんの首筋に顔を埋めて、耳も塞いで目も閉じて何も見ないようにしていた。

「杏、もう外だよ、杏」

 体を揺すられるようにしておそるおそる顔をあげると、なんとなく視界が明るい。
 目を開けると眩しくてくらんだ。

「終わり?」

「終わり」

 蒼くんが嬉しそうに笑って私の顔をのぞきこんだ。

「すっごい怖がり」

「苦手なの」

「先に言ってくれればお化け屋敷やめたのに」

 にやにやしながら言われても説得力はない。
 どうせ苦手といったところで、逆に喜々として無理やり連れていかれそうな気がする。
 蒼くんが嬉しそうなのを見てしまったら断れない。

 思わず拗ねた顔をすると、蒼くんが「かわいい」と言いながら額にさっと唇をつけた。

「あのー……お取り込み中すみません。こちらミッションクリアの参加賞ですー」

 遠慮がちな声にハッと顔をあげると、お化け屋敷のスタッフらしきおどろおどろしいコスプレをした生徒がカードを差し出している。
 慌てて抱きついていた蒼くんから離れる。

「ご、ごめんなさい」

 ほおが熱くなるのを抑えながらそれを受け取る。
 蒼くんは堂々と「すっごいよくできてておもしろかった」と褒めている。

「ありがとうございまーす、2人もすっごいラブラブで羨ましかったですー! それ、慶林高校の制服ですよね、ほんとかわいいですよねー」

 にこにこと話しかけられて、思わず曖昧に頷いた。

 図書室からお化け屋敷の教室に来るまでに、私がここの教師、片桐杏だということに誰も気づかれなかったのだ。
 今どきの女子高生みたいにスカート丈は通常よりも短く、少しリボンタイも緩めにしてボタンを外して着崩しているせいなのか、それともいつもより念入りに化粧して、黒髪も毛先を巻いたりしたせいなのか、理由はわからない。
 そして黒縁のおしゃれメガネをかけた蒼くんも同じ慶林高校の制服を着ているせいか、あまり気づかれていない。

 どこからどう見ても高校生のカップルに見えているようだった。

「そろそろ小腹空かない?」

 蒼くんがしっかり私の手を繋いで中庭の方へと歩き出す。

「お化け屋敷ショックで、そんな気分じゃない……」

「まだひきずってんの? 焼きそばもクレープもあるし、たこ焼きもホットドッグもあるし、あ、杏の好きなスムージーもある」

 手元の文化祭案内マップを見ながら蒼くんは私の手を引っ張る。

 ふと視線を感じて振り返った。
 脇を通り過ぎたり、教室にいたりする男子の数人がさっとうろたえたような顔で視線をそらしている。
 あまり見覚えのある顔はいないから、他校生や3年生、中には大学生などの一般の人もいそうだった。

 それまでもちらちらと飛んでくる視線に気づいてはいたものの、直視して返すなんて勇気ははじめからない。
 まともに向き合えば、私が誰かバレてしまう気がして。
 むしろ蒼くんの体を隠れ蓑に、歩く時は常にさりげなく半歩下がっていたくらいなのだ。

「……ねえ、蒼くん。やっぱりバレてるんじゃないかな……」

 急に不安になって隣を見ると、蒼くんはふいに軽く顔を傾けてついばむようなキスをした。

「ちょ、ここ!」

「まあさっきから見られてるよねー」

 抗議を軽く流して、蒼くんは今度は私のつないだ手を持ち上げて私の薬指に軽く唇を触れさせた。
 そこにはプレゼントされた指輪がはまっている。

「見られてるって、やっぱりバレて……」

「わかってない。ま、いいよ。杏はオレのものってアピールするだけだから」

「ええ?」

 困惑したまま蒼くんを見ると、「気にしなくていーの」と笑いながら、また私を引き寄せて唇を重ねた。
 慌てて胸を押しやる。

「だ、だから、人前……!」

「いいでしょ。今は、慶林高の生徒なんだし。文化祭でこんくらいの、どこにでもいるし」

「い、いないと思う」

「そんなに減らず口叩いてると、もっとエロいキスするよ」

 慌てて離れようとするのに蒼くんは今度は私の腰を抱いて、歩き出した。

「ほら、屋台行こうよ。腹減った」

 半ば強引に引きずられる形で蒼くんの隣を歩く。

 恥ずかしいけど、でも本当はずっと高校生姿の蒼くんにドキドキしている。
 まるで、4年前の断ち切られた日々を、例え真似だとしても高校生としてやり直しているみたいだった。
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