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魔の手_11
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「え、と。それは、その……ごめん、勘違い」
直己の顔がさらに険しくなった。
「勘違いじゃない。なんで、杏が知ってる? それ、誰から聞いた?」
思わず口をつぐんだ。
迷って視線をさまよわせた私に目ざとく気づいた直己がにじりよった。
「おかしいだろ、杏、ちゃんと話して。誰に何を言われたんだ?」
たぶん、直己は私の情報のでどころが、橘先生だと気づいたに違いない。
でも橘先生が私に突きつけた要求の内容を言ってしまったら、きっと直己も成瀬くんも激怒する。
それが簡単に想像できるから、言えなかった。
「橘光基だな?」
頷けなかった。
2人がそのことで動けば、成瀬くんも直己もどうなるかわからない。
私には、橘先生がどれだけの力をもっていて、どれだけ2人を窮地に追いやれるのか、何も判断できるような情報をもっていない。
だからこそ私のことで、教師という天職を直己には失わせられなかった。
「言えない」
「なんで!? いつ、どうして、橘光基と、何を話した? 言ってくれ、言ってくれないとオレも成瀬も、杏を守り切れないだろ、頼むから!」
頭を振った。
はじめから、私が決着をつけなきゃいけなかったのに、成瀬くんは学校の実習を休んでまで私のために動いて、直己は成瀬くんに頼まれてわざわざ今日明日と仕事を休んでそばについてくれて。
そんな中で私1人、米川さんのことで悶々として、連絡をとれない成瀬くんに苛立って。
2人はただ私のためにこうしてくれているというのに、その2人が私のために望まぬ道を選ばなければならないのだけは、耐えられない。
そんなことになったら、きっと私は私を許せなくなる。
「杏、頼むから、教えてくれ」
直己が私の両腕を掴んで言い募った時、ふいにスマホの着信音が鳴った。
私のじゃない。
元気のいい応援ソングで知られる曲は直己のだった。
直己が小さく息をついて、私から離れた。
そしてスマホを手にして電話に出た。
私の方をちらりと見ると、ため息をついて低い声で話しながら廊下の方に出ていった。
もしかしたら成瀬くんかもしれない。
でもこれ以上、守られているばかりじゃいけない。
恐怖がないと言ったら嘘になる。
考えなくては。
私ができること。
「杏、成瀬から」
戻ってきた直己の固い表情をみあげながら、スマホを受け取った。
「もしもし」
「もしもし、オレです。ごめん。話をする予定が狂って、急遽間中さんにお願いしたんだ」
「うん、だいぶ聞いた。ごめんね、いろいろ」
「別にこんなのなんともない。当然のことしてるだけだし。そうやって気にやむ必要なんかないから。それで杏、間中さんから聞いた。いったい橘に何言われた?」
「たいしたことじゃないよ。ただ、成瀬くんが休んでまで何をしてるのか、聞かれただけ」
「……本当に? それだけ?」
「それだけ。大丈夫。2人が私のこと守ってくれるんだから、こんなに頼りになることないじゃない。それより、私の方こそごめんね。直己まで巻き込ませて、成瀬くんも実習、大丈夫? 私のせいでいろいろ不利な立場にならない?」
畳み掛けるように言った。
「そんなの、杏は気にしなくていい。オレの方は全然大丈夫だから。杏、それより――」
「成瀬くん。本当にありがとう」
会って直接言いたいけれど、直己がそばにいる。
言葉を飲み込んで「直己に返すね」と無理に話を断ち切った。
電話の向こうで何かを言ってる声がしていたけど、直己の手前であることと、追及され続けたら話してしまいそうな自分の弱さに、スマホを直己に返した。
直己は含みのある顔で私を見やって、それから低い声で二言三言話をすると切った。
「校内まではさすがにオレも入れない。でも朝は送ってくからな」
有無を言わせない直己の言葉に頷いた。
直己の顔がさらに険しくなった。
「勘違いじゃない。なんで、杏が知ってる? それ、誰から聞いた?」
思わず口をつぐんだ。
迷って視線をさまよわせた私に目ざとく気づいた直己がにじりよった。
「おかしいだろ、杏、ちゃんと話して。誰に何を言われたんだ?」
たぶん、直己は私の情報のでどころが、橘先生だと気づいたに違いない。
でも橘先生が私に突きつけた要求の内容を言ってしまったら、きっと直己も成瀬くんも激怒する。
それが簡単に想像できるから、言えなかった。
「橘光基だな?」
頷けなかった。
2人がそのことで動けば、成瀬くんも直己もどうなるかわからない。
私には、橘先生がどれだけの力をもっていて、どれだけ2人を窮地に追いやれるのか、何も判断できるような情報をもっていない。
だからこそ私のことで、教師という天職を直己には失わせられなかった。
「言えない」
「なんで!? いつ、どうして、橘光基と、何を話した? 言ってくれ、言ってくれないとオレも成瀬も、杏を守り切れないだろ、頼むから!」
頭を振った。
はじめから、私が決着をつけなきゃいけなかったのに、成瀬くんは学校の実習を休んでまで私のために動いて、直己は成瀬くんに頼まれてわざわざ今日明日と仕事を休んでそばについてくれて。
そんな中で私1人、米川さんのことで悶々として、連絡をとれない成瀬くんに苛立って。
2人はただ私のためにこうしてくれているというのに、その2人が私のために望まぬ道を選ばなければならないのだけは、耐えられない。
そんなことになったら、きっと私は私を許せなくなる。
「杏、頼むから、教えてくれ」
直己が私の両腕を掴んで言い募った時、ふいにスマホの着信音が鳴った。
私のじゃない。
元気のいい応援ソングで知られる曲は直己のだった。
直己が小さく息をついて、私から離れた。
そしてスマホを手にして電話に出た。
私の方をちらりと見ると、ため息をついて低い声で話しながら廊下の方に出ていった。
もしかしたら成瀬くんかもしれない。
でもこれ以上、守られているばかりじゃいけない。
恐怖がないと言ったら嘘になる。
考えなくては。
私ができること。
「杏、成瀬から」
戻ってきた直己の固い表情をみあげながら、スマホを受け取った。
「もしもし」
「もしもし、オレです。ごめん。話をする予定が狂って、急遽間中さんにお願いしたんだ」
「うん、だいぶ聞いた。ごめんね、いろいろ」
「別にこんなのなんともない。当然のことしてるだけだし。そうやって気にやむ必要なんかないから。それで杏、間中さんから聞いた。いったい橘に何言われた?」
「たいしたことじゃないよ。ただ、成瀬くんが休んでまで何をしてるのか、聞かれただけ」
「……本当に? それだけ?」
「それだけ。大丈夫。2人が私のこと守ってくれるんだから、こんなに頼りになることないじゃない。それより、私の方こそごめんね。直己まで巻き込ませて、成瀬くんも実習、大丈夫? 私のせいでいろいろ不利な立場にならない?」
畳み掛けるように言った。
「そんなの、杏は気にしなくていい。オレの方は全然大丈夫だから。杏、それより――」
「成瀬くん。本当にありがとう」
会って直接言いたいけれど、直己がそばにいる。
言葉を飲み込んで「直己に返すね」と無理に話を断ち切った。
電話の向こうで何かを言ってる声がしていたけど、直己の手前であることと、追及され続けたら話してしまいそうな自分の弱さに、スマホを直己に返した。
直己は含みのある顔で私を見やって、それから低い声で二言三言話をすると切った。
「校内まではさすがにオレも入れない。でも朝は送ってくからな」
有無を言わせない直己の言葉に頷いた。
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