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魔の手_2

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 疲れた体とともにスマホさえもソファに投げ出し、しばらく目を閉じた。
 一人暮らしの部屋に、21時を過ぎた秒針の音が響いている。
 せっかく買ってきた惣菜で夕食にする気力もない。

 成瀬くんのメッセージを確認しなきゃと思うのに、まるで宣戦布告してきたかのような米川さんのことがあって、開く気にもなれない。

 そう思った時、オートロックにもかかわらず玄関のチャイムがなった。
 体を起こして玄関の方を見た。
 人が気軽に訪ねてくるような時間じゃない。

 インターホンのカメラ画面を見たら、玄関ドアの向こうに人の姿はなかった。
 疲れすぎて幻聴でも聞いたのだろうか。
 自分の情けなさに呆れながらキッチンへ向かった。

 ピンポン、とまた聞こえた。
 今度は確かに鳴った、と思った。

 インターホンのカメラ画面にはやっぱり人は映っていない。
 オートロックなのに、5階まで人があがってきてチャイムを鳴らすなんて考えられない。

 玄関ドアの前まで行った時だった。
 ふいにガチャガチャとレバーハンドルを乱暴に開けようとする音がして、思わず小さな悲鳴をあげかけ、慌てて口を抑えた。

 誰か、いる。
 しかも1階のオートロックというセキュリティをすり抜けて。

 またハンドルを開けようとする音がして、後ずさってドアと距離をとった。
 チャイムが、また鳴った。
 やけに音が響いて、その場から動けなくなった。

 鍵はかけている。
 ドアスコープから共有廊下を見ればいいのかもしれないけど、怖くて近づけない。
 廊下にべたりと背をつけたまま、ハンドルがガチャガチャ動くのを息を殺して見つめた。

 しばらくして、玄関ドアのハンドルが動かなくなった。
 チャイムの音も鳴らず、時間だけ、経っているのかそうでないのかわからないまま、その場に取り残されたように凍りついていた。
 おそるおそる、玄関土間に震える素足で降り、そっとドアに触れないようにしてドアスコープに顔を近づけようとした。

 ピンポン、と鳴った。
 その瞬間、今度こそ悲鳴をあげて飛び退いた。

「セ、センセ?!」

 成瀬くんの声。
 玄関ドアが軽く叩かれた。

「センセ、そこにいる?! 何があったの、センセ!」

 ドア向こうから届くせっぱ詰まった声はまぎれもなく成瀬くんで。

「な、成瀬くん」

「センセ? 大丈夫、何があった?」

 心配そうな声にふらふらと立ち上がり、震える手で鍵を開けた。
 その瞬間勢いよくドアが開いて、血相を変えた成瀬くんが飛び込んできた。

「センセ!」

 そのまま肩をつかまれ、顔をのぞきこまれた。

「何があった?」

「な、なんで、オートロック……」

「え、あ、なんか下の玄関開きっぱなしで、不用心だなと思ったけど……。センセ?」

「な、成瀬くん。今、ずっとチャイム、鳴らして、た?」

「え……? いや、今来たばっかりで、ちょうどチャイム押したらセンセの悲鳴が聞こえたから……」

 戸惑うようにしながらも、成瀬くんは私の顔を見て、それから背後を振り返った。

「ちょっと待ってて。すぐ戻る」

 そう言って成瀬くんが玄関ドアを開けて廊下を見渡した。

「オレが出たら、鍵、閉めて」

 成瀬くんがそのまますっと外に出て、玄関ドアがしまった瞬間、鍵をかけた。

 玄関に座りこんだ。
 小刻みに全身が震えているのを抑え込むように自分を抱きしめた。

 たぶん、成瀬くんの前に、誰か来ていた。
 そして、それが誰か、思い当たるのは1人しかいなかった。
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