41 / 90
忍びよる不穏な気配
しおりを挟む
「片桐先生、成瀬先生。2人の間で不適切な行為があったというのを聞いたんですが、本当ですか?」
校長室に呼び出されたのは、授業開始も近いタイミングだった。
橘先生の姿は朝の職員会議にも見当たらず、ただ体調不良による欠勤とだけ連絡があって、不信さをぬぐえないままでいたところの呼び出しだった。
どう考えても、金曜日のことがあっての今日となると、橘先生がなんらかの方法で校長先生たちの耳に入るようにしたに違いない。
でも校長室の前の扉に並んだ時の成瀬くんは、不思議なほど落ち着いていた。
ただ校長室に入る瞬間に横に並んだ私の指にかすかに触れて、「センセは何も心配しないで。大丈夫だから」と言った。
何が大丈夫なのか分からないけど、堂々としている姿は頼もしくて、不安な気持ちがゆっくり薄らいでいくのがわかった。
校長先生のデスク周りには、教務主任や学年主任だの、高校を運営する主要なポストの先生たちが並んでいた。
教育実習をしていた時に見た光景と同じ。
思わず動揺して、嫌でも気持ちがざわついた。
なのに成瀬くんは校長先生たちの前でも、何も恥じることはないと言うようにまっすぐ前を見つめている。
その強さが、私の不安を確かになだめていく。
「特に証拠があるような話でもない、ただのうわさならばかまいませんが、いかがですか?」
校長の安藤先生は、筋の浮いた痩せぎすの両手を顔の前で組み直した。
女性ながら教育界ではやりてとして知られる安藤先生の目は、嘘なんて簡単に見抜きそうな厳しい光をたたえている。
「それは」
言いかけた私を遮るように、成瀬くんが一歩前に出た。
「申し訳ありません。ぼくのせいです」
「――え?」
パッと隣を見た。
動揺した私に、成瀬くんが頭を下げながら私をちらりと牽制するように見た。
ざわついた先生たちを鎮めるように、安藤先生は「どういうことですか?」と成瀬くんを見た。
「実はぼくは、片桐先生に憧れて先生を志しました。教師の仕事を大切にされているその姿勢は、ぼくにとって理想の先生像だったんです。だからその先生と偶然、ここでお会いできてつい、先生に声をかけ相談にのってもらっていました。いろいろ刺激をいただき、学ばせていただいていたので、2人でいることもありました。ただ、それがそういうふうに他の人の目に映って誤解を招くなんて思ってもみませんでした。
本当に申し訳ありません。そして、片桐先生にもぼくの軽率な行為でこのような迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳なく思っています」
成瀬くんが神妙な様子でさらに深く頭をさげた。
安藤先生がしばらく黙って成瀬くんを見て、それから私を見た。
「そうなんですか? 片桐先生」
相手を見透かすような厳しい目が私を見据えて、思わず両手を握りしめた。
「……はい。私も、実習生相手に軽率だったと思います。とても熱心でしたので、つい……。誠に申し訳ありませんでした」
頭を下げた。
長いため息が聞こえてきた。
「今回は、成瀬先生の行き過ぎた行為がおかしな誤解に繋がっただけのようですので、とりあえず注意にとどめます。今後はお互いに節度をもって接するようにしてください。それでなくても、お二人とも若い。生徒たちは男女、というだけで敏感です。まして文化祭に向けて浮き足立ちがちな時期です。何かあってからでは遅いと十分心得てください。成瀬先生は特に教育実習生として、自分の振る舞いがどういう影響を周りに与えるか教訓にもなったでしょう。生徒に人気があると聞いています。なおさら、自分の存在や言動をいっそう自覚して実習に当たってください」
安藤先生の言葉に改めて謝罪をして、順番に職員室を出た。
思わず大きく息を吐きだした。
「もう、何言い出すのか、本当に心臓に悪かったんだからね」
ひそひそと先に出ていた成瀬くんに言うと、成瀬くんは悪戯を楽しんでいるようにひっそりと笑った。
「でもほとんど真実じゃん。憧れて、舞い上がって、そんで誰にも言えない相談して」
「呆れた。嘘ばかりついてるといつか足元すくわれるからね」
意地悪くそう言うと、成瀬くんはにっこりと笑った。
「センセを守るためなら、嘘なんて嘘じゃないからいーの」
思わず何も言えなくなって、つい「……ほんと、ばか」と甘えるように言ってハッとした。
廊下の向こうにいる女子生徒たちが見ているような気がして、慌てて背筋を正した。
「じゃあ成瀬先生、お互い気をつけましょう」
「バレないようにね」
「成瀬先生!」
「じゃ。放課後に」
文句を言いかけた私に成瀬くんは取り澄ました実習生の顔をしながらも無邪気に笑みを浮かべて「ね、センセ」と言った。
校長室に呼び出されたのは、授業開始も近いタイミングだった。
橘先生の姿は朝の職員会議にも見当たらず、ただ体調不良による欠勤とだけ連絡があって、不信さをぬぐえないままでいたところの呼び出しだった。
どう考えても、金曜日のことがあっての今日となると、橘先生がなんらかの方法で校長先生たちの耳に入るようにしたに違いない。
でも校長室の前の扉に並んだ時の成瀬くんは、不思議なほど落ち着いていた。
ただ校長室に入る瞬間に横に並んだ私の指にかすかに触れて、「センセは何も心配しないで。大丈夫だから」と言った。
何が大丈夫なのか分からないけど、堂々としている姿は頼もしくて、不安な気持ちがゆっくり薄らいでいくのがわかった。
校長先生のデスク周りには、教務主任や学年主任だの、高校を運営する主要なポストの先生たちが並んでいた。
教育実習をしていた時に見た光景と同じ。
思わず動揺して、嫌でも気持ちがざわついた。
なのに成瀬くんは校長先生たちの前でも、何も恥じることはないと言うようにまっすぐ前を見つめている。
その強さが、私の不安を確かになだめていく。
「特に証拠があるような話でもない、ただのうわさならばかまいませんが、いかがですか?」
校長の安藤先生は、筋の浮いた痩せぎすの両手を顔の前で組み直した。
女性ながら教育界ではやりてとして知られる安藤先生の目は、嘘なんて簡単に見抜きそうな厳しい光をたたえている。
「それは」
言いかけた私を遮るように、成瀬くんが一歩前に出た。
「申し訳ありません。ぼくのせいです」
「――え?」
パッと隣を見た。
動揺した私に、成瀬くんが頭を下げながら私をちらりと牽制するように見た。
ざわついた先生たちを鎮めるように、安藤先生は「どういうことですか?」と成瀬くんを見た。
「実はぼくは、片桐先生に憧れて先生を志しました。教師の仕事を大切にされているその姿勢は、ぼくにとって理想の先生像だったんです。だからその先生と偶然、ここでお会いできてつい、先生に声をかけ相談にのってもらっていました。いろいろ刺激をいただき、学ばせていただいていたので、2人でいることもありました。ただ、それがそういうふうに他の人の目に映って誤解を招くなんて思ってもみませんでした。
本当に申し訳ありません。そして、片桐先生にもぼくの軽率な行為でこのような迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳なく思っています」
成瀬くんが神妙な様子でさらに深く頭をさげた。
安藤先生がしばらく黙って成瀬くんを見て、それから私を見た。
「そうなんですか? 片桐先生」
相手を見透かすような厳しい目が私を見据えて、思わず両手を握りしめた。
「……はい。私も、実習生相手に軽率だったと思います。とても熱心でしたので、つい……。誠に申し訳ありませんでした」
頭を下げた。
長いため息が聞こえてきた。
「今回は、成瀬先生の行き過ぎた行為がおかしな誤解に繋がっただけのようですので、とりあえず注意にとどめます。今後はお互いに節度をもって接するようにしてください。それでなくても、お二人とも若い。生徒たちは男女、というだけで敏感です。まして文化祭に向けて浮き足立ちがちな時期です。何かあってからでは遅いと十分心得てください。成瀬先生は特に教育実習生として、自分の振る舞いがどういう影響を周りに与えるか教訓にもなったでしょう。生徒に人気があると聞いています。なおさら、自分の存在や言動をいっそう自覚して実習に当たってください」
安藤先生の言葉に改めて謝罪をして、順番に職員室を出た。
思わず大きく息を吐きだした。
「もう、何言い出すのか、本当に心臓に悪かったんだからね」
ひそひそと先に出ていた成瀬くんに言うと、成瀬くんは悪戯を楽しんでいるようにひっそりと笑った。
「でもほとんど真実じゃん。憧れて、舞い上がって、そんで誰にも言えない相談して」
「呆れた。嘘ばかりついてるといつか足元すくわれるからね」
意地悪くそう言うと、成瀬くんはにっこりと笑った。
「センセを守るためなら、嘘なんて嘘じゃないからいーの」
思わず何も言えなくなって、つい「……ほんと、ばか」と甘えるように言ってハッとした。
廊下の向こうにいる女子生徒たちが見ているような気がして、慌てて背筋を正した。
「じゃあ成瀬先生、お互い気をつけましょう」
「バレないようにね」
「成瀬先生!」
「じゃ。放課後に」
文句を言いかけた私に成瀬くんは取り澄ました実習生の顔をしながらも無邪気に笑みを浮かべて「ね、センセ」と言った。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】
ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。
※ムーンライトノベルにも掲載しています。
【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される
Lynx🐈⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。
律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。
✱♡はHシーンです。
✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。
✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる