【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari@七柚カリン

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終章 一つになる心

80. 新しい仲間

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 巫女が伴侶として宰相の三男を選んだと、国から正式に発表がなされた。
 これから時間をかけて、婚約と婚姻の手続き・準備が始まっていく。
 

 ◇◇◇


 宮殿に隣接する古い離宮を取り壊し、新たな離宮の建設が始まっている。
 そこが、巫女の新たな住まいになるとのこと。

「巫女様がお住まいになられるところだから、国の威信をかけて立派なものができるだろうな」

「なんだか、大仰なことになっていますね」

「ハハハ……峰風様もお住まいになられる場所なのに。それに、従者の子墨くんだってそうでしょう?」

 二人の会話に、秀英が苦笑している。
 当の本人なのに子墨(凛月)も峰風もどこか他人事なのは、秀英がいるからではない。
 ただ単に、実感がわかないだけだった。

 周囲は、梓宸を筆頭に祝福ムードになっていた。
 欣怡の宮には献上品が、胡家の屋敷には今後を見越した思惑が見え隠れする祝いの品が続々と届いている。
 そんな中、二人は樹医と助手として今日も仕事に励むのみ。

「秀英には、これからは指導者としての活躍を期待しているぞ」

「しかし、私が官吏・官女の方を指導するなど……」

 秀英が視線を向けた先にいるのは、熱心に事務処理をしている若い男女。
 峰風の執務室には、人員が二人増えていた。
 主に、事務処理の補助と部屋の雑用を担う者たちだ。
 しかし、彼らはただの官吏・官女ではない。
 
 本当の正体は───


 ◇◇◇


 数日前、峰風は父のお供で老翁の屋敷を訪れていた。
 奉納舞を俊熙へ披露するために、快く庭園を提供してくれた礼を述べるためだった。

 形式的な挨拶は、すぐに終わる。
 峰風は、すぐにお暇すると思っていた。ところが、老翁から直接声をかけられる。
 劉帆を応接室に残し案内された部屋にいたのは、十数名の男女。
 その中には、水やりのときに子墨を助けた官女や官吏・下男がいた。浩然や、桑園で出会った男の姿も。

「彼らは、すべて巫女様の護衛じゃ」

「では、桑園で子墨を救出してくださったのも……」

 老翁は、大きく頷く。
 そこで語られたのは、第一皇子でさえ知らない刑部の秘密部隊のことだった。
 巫女を守るためだけに存在しているとの話に、峰風は驚きを隠せない。

「これまでは気付かれぬよう陰から守っておったが、どうも後手に回ってしまってな、歯痒い思いをしておったのじゃよ」

 桑園でも水やりのときも、一歩間違えば巫女は命の危険さえあった。
 そのため、この状況を改善すべく峰風へ正体を明かし、協力を仰ぐことにしたのだと言う。

「今後は、巫女様の身近に彼らを配置する。ただ、護衛対象は巫女様だけでなく、おまえさんも入っておるぞ」

「なぜ、私もですか?」

「わからぬか? おまえさんは、巫女様が身を挺して守ろうとしたじゃからな。何かあっては、国の存亡にもかかわる」

 老翁は「仲睦まじいのは大いに結構じゃ!」と真面目な顔で言う。峰風は面映おもはゆいやら居たたまれないやらで、身の置き所がない。
 そわそわと落ち着きがなくなった峰風に、老翁はまた豪快に笑ったのだった。


 ◇◇◇


 老翁によれば、二人は官吏と官女の身分を持っており、仕事ができて腕も立つとのこと。
 峰風としても、自分はともかく凛月の身を守ってくれる者が身近にいるのは心強い。
 彼らの正体を知っているのは、峰風だけ。凛月にも教えないようにと言われている。
 周囲に気を遣わず、巫女にはこれまで通りのびのびと生活をしてもらいたいと老翁は語っていた。

「子墨さん、掃除はわたくしたちがやりますので」

「どうぞお気遣いなく。これは僕の仕事ですから」

「でしたら、せめて一緒に……」

「僕は、まだまだ事務仕事は覚束ないのです。できる方にやっていただいたほうが、早く終わりますし」

「ですが……」

(彼らからすれば、巫女様に掃除などさせられない!と思っているのだろうな……)

 何も事情を知らない少年宦官(巫女)に振り回される、官吏と官女(に扮した護衛)。
 困り果てた彼らが助けを求める(視線を送る)のは、もちろん峰風だ。

「子墨、君もとして、後輩へ仕事を教えなければならないぞ」

「えっ? 僕が先輩ですか?」

「先輩が仕事を教えてやらなかったら、後輩はどうやって覚えるんだ?」

「たしかに、そうですね。では、一緒にやります」

「ああ、しっかり頼んだぞ」

「お任せください!」

 子墨は、張り切って雑巾の絞り方の説明を始めた。
 黒目がちの瞳を見れば、やや興奮しているのがわかる。きっと、『先輩』という響きが気に入ったのだろう。
 月鈴国にいたときには年下の巫女見習いたちが大勢いたが、指導するのは師匠のみ。
 凛月は、ただ見守っているだけだった。
 だから、彼らが(直接指導する)初めての後輩になる。

「あの……峰風様、明日の中秋節のことですが」

「君は、宮の手伝いで仕事を休むのだろう?」

「はい。それで……峰風様はどうされるのか?と、欣怡様が」

 どうやら、凛月は峰風の明日の予定が知りたいようだ。

「俺は巫女様の許婚という扱いになるらしく、明日は高官側ではなく梓宸殿下の後ろに控えることになった。奉納舞がよく見える席にいると、欣怡様には伝えてくれ」

 峰風は巫女の伴侶に選ばれたが、婚約の手続きは始まっていない。
 正式には、二人はまだ許婚同士ではないのだ。

「わかりました。そう、伝えておきます」

 にこりと微笑むと、子墨は窓拭きに着手した。
 手を動かしつつ一緒に鼻歌も口ずさんでいるのか、峰風の耳にまで届いてくる。

「本当に仲がよろしいのですね。ところで、巫女様とはどのような方なのですか? 噂では、銀髪・紫目のとても見目麗しい御方だと聞いておりますが」

「祭祀のときは豊穣神の化身らしい威厳をお持ちだが、それ以外は『よく食べ・よく泣き・よく笑う』ごく普通の方だな」

「峰風様、女子おなごに『普通の方』は褒め言葉ではないそうですよ」

 私も昔、女房に叱られましたと秀英は笑う。

「ハハハ、『普通の方』は俺が言った言葉ではない。ご本人がご自身を評して仰ったことだ。俺は、『非常に可憐で愛らしく、ずっと傍でお守りしたい大切な方』だと思っている」

 秀英へ噓偽りのない本心を述べたところで、峰風は子墨の鼻歌が聞こえないことに気付く。
 何気なく顔を向けると、子墨の手が止まっていた。
 よく見ると、耳が真っ赤だ。

「そ、そうだ! 僕は外回りを掃除してきますね!」

 峰風の顔を一度も見ることなく、子墨は部屋を飛び出していく。

「わたくしも、行きます!」

 官女が、慌ててあとを追いかけていった。

「子墨くんは張り切っていますね。 私も負けていられません」

「そうだな」

 秀英は、部屋に残った官吏と事務処理を始めた。
 人が増え少々手狭になった執務室で、峰風も仕事を再開する。

 ───可愛らしい反応を示した凛月の姿を思い出し、緩みそうになる表情筋を必死に抑えながら

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