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終章 一つになる心
75.華霞国の巫女
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満月の夜、俊熙はある屋敷の庭園にいた。
大きな池を背景に舞台が設置され、篝火が焚かれている。
これから始まる奉納舞の儀式に、巫女から直々に招待されたのだった。
◇◇◇
通常は後宮内にある廟で行われている祭祀を今回わざわざ別の場所で行うことは、巫女たっての希望と聞いた。
俊熙としても、凛月の主である巫女と接触できる機会を逃すわけにはいかない。喜んで招待を受けた。
どう交渉しようかと頭を悩ませている俊熙のもとにやって来たのは、第三皇子の飛龍だった。
「なぜ、俊熙だけが招待されたのだ? 私も、華霞国の奉納舞をぜひ見てみたいぞ」
成人したばかりの飛龍は、月鈴国でもまだ観覧の機会を与えられていなかった。
「おまえは、またそんなわがままを……来訪日を前倒しして、関係各所へどれだけ迷惑をかけたのか理解しているのか?」
「あれは、仕方なかったのだ。でも、そのおかげで珠蘭様には喜んでもらえた」
無邪気に笑う従兄弟に悪気は全くない。まだ精神的に幼いだけだと俊熙は理解している。
他の従者がいない場所では、二人は気安い関係を構築していた。
俊熙が、自分を慕ってくれている年下の皇子を指導する、兄貴分のような存在だ。
「大体、一国の皇子を簡単に招待できるわけがないだろう? 警備の面でも、余計な人員が必要になる。わかったら、屋敷でおとなしくしていろ」
時間になったので、俊熙は席を立つ。飛龍はまだ不満そうな顔をしているが、かまわず部屋を後にする。
始めから、奉納舞には一人で行くつもりだった。
凛月のことは、信頼のおける側近しか知らない極秘事項。
急すぎる話のため、凛月からの返答はまだ来ていない。
明日には帰国するため、できることなら今日直接巫女から凛月の身柄を譲り受ける許可を得たかった。
◇◇◇
舞台の前で俊熙を出迎えたのは、峰風だった。
「本日は、私が同席させていただきます」
「よろしくお願いします。ところで、こちらにおられるのは峰風殿だけなのですね。助手殿は、一緒ではないのですか?」
「まだ、ここにはおりません」
「そうですか」
『まだ』と言うなら、あとで来るのだろう。
俊熙は、用意された席に座った。
「それにしても、こちらは立派なお屋敷ですね?」
「ここは、さる皇族がお住まいでして、本日はご厚意で庭園をお借りしております」
「それは、すごい」
初めて国に豊穣の巫女を迎えただけあり、皇族も巫女には敬意を払っているようだ。
舞の名手と噂される巫女が、どのような奉納舞を舞うのか。
自身も舞を嗜む俊熙は、期待しながら静かに待つ。
しゃりんしゃりんと鈴の音を響かせながら、巫女が背の高い従者を一人伴い現れた。
身に纏っているのは、華霞国の伝統的な衣装。
月鈴国のような領巾は身に着けておらず、頭に被った面紗に鈴が取り付けられている。
巫女は舞台に上がると、二人へ揖礼をする。
満月の光の下、奉納舞が始まった。
◆◆◆
峰風にとっては、待望と言うべき二度目となる奉納舞の鑑賞。
しかし、隣の人物の様子が気になって、純粋に楽しむことができない。
俊熙は最後まで言葉を発することはなく、ただ舞台をじっと見つめていただけだった。
奉納舞が終わり巫女が再び揖礼をしても、俊熙は動かない。
「奉納舞は、いかがでしたでしょうか?」
ぼんやりしている俊熙へ、峰風は声をかけた。
「……巫女様と、少し話をしたいのですが」
「わかりました」
峰風が浩然へ合図を送ると、巫女が舞台から降りてきた。
「我が国の豊穣の巫女である、欣怡様でございます」
「初めまして────ではないな。凛月、まさか君が華霞国の豊穣の巫女様だったとは」
「どうして、わたくしとわかったのでしょうか? 面紗を被っておりますのに」
「君の舞い姿を、どれだけ見てきたと思っているのだ。体の動き、足の運び……一目見れば凛月だとすぐにわかる」
当然とばかりに、俊熙は言い切った。
その言葉には深い愛情が満ちあふれ、見ているだけで峰風は胸が苦しくなる。
「凛月、もう一度だけ問う。私と、月鈴国に帰らないか?」
「申し訳ございません。わたくしは、華霞国の豊穣の巫女でございます。この国で巫女の力が失われるまで務めを果たし、天寿を全うする所存です」
凛月の返答に、一切の迷いはない。
宰相からの問いかけにも、凛月は同様に答えていた。
自分が華霞国の豊穣の巫女であることを示すために、俊熙が祭祀に参列できるよう手配をお願いしたのだった。
「……凛月は少々頑固なところがあるから、考えは変わらないのだろうな」
ハア…とため息をつき、俊熙は満月を見上げる。
「それにしても、噂とは当てにならないものだな。華霞国の豊穣の巫女様は、我が国の巫女と同じ容姿だと聞いていたのだが」
「あの……俊熙様、その噂は本当のことでございます」
浩然の手によって、簪で留められていた面紗が外された。
黒髪ではなく銀髪姿の凛月に、俊熙は目を見張る。
「ハハハ、あの方の仰る通りだった……」
「俊熙様?」
「私は……ただ、待っていればよかったのだ」
膝から崩れ落ちた俊熙を、峰風が慌てて支える。
ふらふらと足元が覚束ないほど落ち込んだ俊熙を、凛月はただ見つめるしかなかった。
大きな池を背景に舞台が設置され、篝火が焚かれている。
これから始まる奉納舞の儀式に、巫女から直々に招待されたのだった。
◇◇◇
通常は後宮内にある廟で行われている祭祀を今回わざわざ別の場所で行うことは、巫女たっての希望と聞いた。
俊熙としても、凛月の主である巫女と接触できる機会を逃すわけにはいかない。喜んで招待を受けた。
どう交渉しようかと頭を悩ませている俊熙のもとにやって来たのは、第三皇子の飛龍だった。
「なぜ、俊熙だけが招待されたのだ? 私も、華霞国の奉納舞をぜひ見てみたいぞ」
成人したばかりの飛龍は、月鈴国でもまだ観覧の機会を与えられていなかった。
「おまえは、またそんなわがままを……来訪日を前倒しして、関係各所へどれだけ迷惑をかけたのか理解しているのか?」
「あれは、仕方なかったのだ。でも、そのおかげで珠蘭様には喜んでもらえた」
無邪気に笑う従兄弟に悪気は全くない。まだ精神的に幼いだけだと俊熙は理解している。
他の従者がいない場所では、二人は気安い関係を構築していた。
俊熙が、自分を慕ってくれている年下の皇子を指導する、兄貴分のような存在だ。
「大体、一国の皇子を簡単に招待できるわけがないだろう? 警備の面でも、余計な人員が必要になる。わかったら、屋敷でおとなしくしていろ」
時間になったので、俊熙は席を立つ。飛龍はまだ不満そうな顔をしているが、かまわず部屋を後にする。
始めから、奉納舞には一人で行くつもりだった。
凛月のことは、信頼のおける側近しか知らない極秘事項。
急すぎる話のため、凛月からの返答はまだ来ていない。
明日には帰国するため、できることなら今日直接巫女から凛月の身柄を譲り受ける許可を得たかった。
◇◇◇
舞台の前で俊熙を出迎えたのは、峰風だった。
「本日は、私が同席させていただきます」
「よろしくお願いします。ところで、こちらにおられるのは峰風殿だけなのですね。助手殿は、一緒ではないのですか?」
「まだ、ここにはおりません」
「そうですか」
『まだ』と言うなら、あとで来るのだろう。
俊熙は、用意された席に座った。
「それにしても、こちらは立派なお屋敷ですね?」
「ここは、さる皇族がお住まいでして、本日はご厚意で庭園をお借りしております」
「それは、すごい」
初めて国に豊穣の巫女を迎えただけあり、皇族も巫女には敬意を払っているようだ。
舞の名手と噂される巫女が、どのような奉納舞を舞うのか。
自身も舞を嗜む俊熙は、期待しながら静かに待つ。
しゃりんしゃりんと鈴の音を響かせながら、巫女が背の高い従者を一人伴い現れた。
身に纏っているのは、華霞国の伝統的な衣装。
月鈴国のような領巾は身に着けておらず、頭に被った面紗に鈴が取り付けられている。
巫女は舞台に上がると、二人へ揖礼をする。
満月の光の下、奉納舞が始まった。
◆◆◆
峰風にとっては、待望と言うべき二度目となる奉納舞の鑑賞。
しかし、隣の人物の様子が気になって、純粋に楽しむことができない。
俊熙は最後まで言葉を発することはなく、ただ舞台をじっと見つめていただけだった。
奉納舞が終わり巫女が再び揖礼をしても、俊熙は動かない。
「奉納舞は、いかがでしたでしょうか?」
ぼんやりしている俊熙へ、峰風は声をかけた。
「……巫女様と、少し話をしたいのですが」
「わかりました」
峰風が浩然へ合図を送ると、巫女が舞台から降りてきた。
「我が国の豊穣の巫女である、欣怡様でございます」
「初めまして────ではないな。凛月、まさか君が華霞国の豊穣の巫女様だったとは」
「どうして、わたくしとわかったのでしょうか? 面紗を被っておりますのに」
「君の舞い姿を、どれだけ見てきたと思っているのだ。体の動き、足の運び……一目見れば凛月だとすぐにわかる」
当然とばかりに、俊熙は言い切った。
その言葉には深い愛情が満ちあふれ、見ているだけで峰風は胸が苦しくなる。
「凛月、もう一度だけ問う。私と、月鈴国に帰らないか?」
「申し訳ございません。わたくしは、華霞国の豊穣の巫女でございます。この国で巫女の力が失われるまで務めを果たし、天寿を全うする所存です」
凛月の返答に、一切の迷いはない。
宰相からの問いかけにも、凛月は同様に答えていた。
自分が華霞国の豊穣の巫女であることを示すために、俊熙が祭祀に参列できるよう手配をお願いしたのだった。
「……凛月は少々頑固なところがあるから、考えは変わらないのだろうな」
ハア…とため息をつき、俊熙は満月を見上げる。
「それにしても、噂とは当てにならないものだな。華霞国の豊穣の巫女様は、我が国の巫女と同じ容姿だと聞いていたのだが」
「あの……俊熙様、その噂は本当のことでございます」
浩然の手によって、簪で留められていた面紗が外された。
黒髪ではなく銀髪姿の凛月に、俊熙は目を見張る。
「ハハハ、あの方の仰る通りだった……」
「俊熙様?」
「私は……ただ、待っていればよかったのだ」
膝から崩れ落ちた俊熙を、峰風が慌てて支える。
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