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終章 一つになる心

66. 新説

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「姿が戻ってしまった理由は、わかっているのか?」

「それが、まったくわからないのです。朝から様子を見ていましたが一向に戻る気配がないので、やむを得ず予定を変更させていただきました」

 見合いの席で面紗を被ったままなのは失礼だから、申し訳なく思いつつも急病ということにしたとのこと。
 そんなことは気にしなくても良かったのに…と峰風は思ったが、口にはしなかった。

「これまでに、(舞を舞っていない状態で)急に姿が変化したことは?」

「満月の日の夜に、巫女の姿になったことはあります。でも──」

 それは月鈴国にいたころの話で、朝には元に戻っていたこと。
 おそらく、その時に巫女の力が覚醒したのだと。

「いつもと、何か違うところはないのか?」

「証が消えています。でも、これまでにもありました」

 明日にはまた出てきますと言う凛月が掲げた左手の甲には、あるはずの証が綺麗さっぱりなくなっていた。

「証が消えているから、巫女の力が無くなったのではないか? もう一つの力は、使えるのか?」

「朝からバタバタしておりまして、スイには『行ってきます!』と声をかけただけでした。宮に戻りましたら、確認してみます」

「さっき、『満月』の日に姿が変化したと言ったな?」

「はい」

「今日は『新月』だ。もしや、それが関係しているのではないか?」

「!?」

 月の満ち欠けで証が変化し、見目が入れ替わる。
 これまで、凛月たちにはなかった発想だ。

「だから、満月が近づくと色が濃くなり、過ぎると薄くなっていく。どうして、今まで気が付かなかったんだろう……」

「これは、まだ一つの仮説にすぎない。立証するには──」

「満月の前日に、奉納舞を一通り舞わなければいいのですね? それでも巫女に変化したら、確定です!」

「もし間違っていたら、どうするんだ?」

「そのときは、そのときです。それに、峰風様が間違うことなどありません」

 助手から絶対的な信頼を寄せられ、峰風の心境は少々複雑だ。
 感情が面に出やすい凛月は、本人が隠しているつもりでも峰風には手に取るようにわかる。
 尊敬のまなざしの中に、やはり恋情は一切見えない。
 悲しいくらい、異性として意識されていない証拠。

「そういえば、峰風様はお時間は大丈夫でしょうか? どちらかへ、お出かけのご予定があったのでは?」

「うん?」

「今日のお召し物は、とても素敵ですね。峰風様によくお似合いです!」

「これは、母上が今日のために用意したものだ」

「そうでしたか。ご予定の前にお時間をいただいてしまい、申し訳ございませんでした」

 凛月と話が嚙み合っているようで、嚙み合っていない。
 峰風は、後ろに控えている従者二人へ視線を送った。

「なぜ、巫女様は見合い相手をご存じではないのだ?」

「これには、少々事情がございまして……」

 浩然が理由を説明するより先に、瑾萱がサッと動く。峰風へ「お耳を拝借します」と内緒話を始めた。
 巫女に先入観なく見合いをしてもらうため、相手の情報は一切明かしていないとのこと。
 瑾萱は明言しなかったが、上からの指示によるものと峰風は判断した。

「……では、俺も次回まで黙っていたほうが良いのだな?」

「……わたくしに考えがございますので、話を合わせていただけないでしょうか?」

 峰風がうなずくと、瑾萱は凛月へ顔を向けた。

「凛月様、今日は峰風様もお見合いだそうですよ」

「お見合い!? 峰風様が?」

 凛月の黒曜石のような瞳が、ギュッと丸くなる。

「これから、ですか?」

「えっと……母上がうるさくてな、少し早めに家を出てきた」

「お見合いの相手は胡家にふさわしい身分をお持ちで、性格は穏やか。お優しくて、大変見目麗しい方です。わたくしも、よく存じ上げております」

 ここまで、峰風も瑾萱も嘘は言っていない。

「……その方と、ご結婚されるのでしょうか?」

「見合いだからな、お互いが同意すればいずれはそうなるだろうな」

(君に選ばれたらの話だが……)

 峰風は心の中で苦笑する。

「…………」

「凛月様、どうかされましたか?」

「い、いえ、何でもありません」

 凛月は、にこりと微笑んだ。

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