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第三章 転機

46. 評議(下)

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「このように、最初から結論は出ております。妃嬪からの扱いに追い詰められた宦官が外へ出られたのを機会と捉え、年季を終える前に逃亡をはかった。まあ、よくある話です」

「赦鶯殿の言う通りだ。即刻くだんの宦官を捕らえるべきと、私も思う」

 これまで、傍観者としての立場を貫いていた第二皇子の麗孝が口を挟んだ。

「あと、その保証人となった者の処罰も検討する必要があるな。桑園という重要な場でこれだけの騒動を起こしたのだから、当然であるが」

 麗孝がちらりと顔を向けたのは、第一皇子の梓宸。
 挑戦的な視線を送りつける異母弟に、梓宸は意味深な笑みを返した。

「ハッハッハ!」

 突然笑い出したのは、刑部尚書だった。

「いやいや、申し訳ない。赦鶯殿の言う通り、結論はすでに出ているのですよ。ただ、個人的に疑問に思っていたことがあり、どうしても峰風殿に尋ねてみたかったのです」

 刑部尚書は「ありがとうございました。どうぞお座りください」と、峰風へ着席を促した。

「さて、結論から申し上げますと、宦官殿は無実です。工部の者たちにいきなり拉致されかけ、桑園内を逃げ回っていたことは目撃者の証言からも明らかです。次に、彼が狙われた理由ですが──」

「ちょっと、お待ちください! 私の配下が罪を犯したというのですか?」

「はい。あなたの指示であるという、明確な証拠もここにあります」

 きっぱりと断言した刑部尚書は、懐から書簡を取り出した。
 正殿内はざわざわと収拾がつかなくなっている。担当者が「静粛に願います!」と声を上げた。

「これは、あなたが配下へ渡した指示書の一部です。纏め役の者が、屋敷に隠し持っておりました。筆跡もすでに鑑定済みです」

「ハハハ、これは異なことを仰る。なぜ、私がそのようなことをする必要があるのですか?」

「宦官殿の保証人である梓宸殿下へ、どうしても罪を被せたかったのですかな……雹華様が」

「母上だと!?」

 祖父に続き出てきた母の名に、麗孝は目玉を飛び出さんとばかりに驚いている。

「我々は、首謀者は雹華様と断定しております。残念ながら証拠もございます。そして赦鶯殿は、それをいさめたり止めるどころか手伝ってしまわれたのですよ」

「まさか、そんな……」

 麗孝は絶句する。完全に血の気が失せ、顔が青白い。
 刑部尚書は「実に嘆かわしいことです」と首をふった。
 

 ◇


「一つ訊きたいことがあるのだけど、いい?」

 騒然とした中、のほほんとした声を出したのは梓宸だった。

「彼らが私を陥れようとしたことはわかった。しかし、なぜ桑園付近に刑部の者たちがいたのか、ずっと気になっていてね。差し支えなければ、教えてもらいたい」

 峰風も知りたかったことを、梓宸が躊躇なく尋ねる。
 どんな答えが返ってくるのか、峰風は静かに待った。

「それは、命を受けまして宦官殿をお守りしていたからでございます」

「やっぱり、そうだったのか」

 子墨を守っていたことを、刑部尚書は拍子抜けするくらい簡単に認めた。
 優秀な主は、その可能性に気付いていたようだ。峰風は思いつきもしなかった。

「刑部は、いつからそんな仕事までするようになったのかな?」

「詳しいことは、これから説明がございます。宰相殿、あとはお願いいたします」

 刑部尚書から引き継いだ宰相は、ゆっくりと立ち上がる。

「今の話に疑問を持った者も、多くいると思う。まずは、こちらの方を皆へ紹介したい」

 御簾の奥から現れたのは、面紗を被った女性。欣怡だ。
 欣怡は皇帝へ揖礼し、隣に腰を下ろした。
 後宮妃が外廷へ出てくるなど、余程の事情があった場合に限られる。
 ただ事ではない事態に、皆が息を吞んだ。

「端午節で見知った者がほとんどだと思うが、欣怡妃は後宮妃ではない」

 ざわっと、今日一番のどよめきが起きた。

「我が国にお迎えした、豊穣の巫女様である」

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