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第三章 転機

39. 保護

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 桑の木の下から這い出た子墨を抱きかかえたのは、覆面に黒装束のいかにも怪しい風体の人物だった。
 子墨が声を上げようとする前に、サッと口を塞がれる。

「……凛月様、私です。どうか、お静かに」

(この声は、浩然?)

 ひとまず、強張った体の力が抜ける。子墨は黙って頷いた。
 緊張が緩むと、今度は様々な疑問が浮かんでくる。
 なぜ、浩然がここにいるのか。なぜ、こんな黒ずくめの恰好をしているのか。
 問いかけたら、答えてもらえるのだろうか。

「このまま、移動いたします」

 浩然は子墨へ外套を被せると、再び抱きかかえ歩き出した。

「峰風様は、ご無事なの?」

「私の仲間がお守りしておりますので、ご安心ください」

「そう、良かった……」

 一番気掛かりだった峰風の無事は確認できた。
 安堵したところで、今度は疲労感が押し寄せてくる。

 浩然は、馬車が停まっている場所とは別の方向へ向かう。
 待機させていた馬に子墨を乗せると、自分も後ろに乗った。
 土砂降りの雨は、小止みになっている。ぬかるむ道を、馬は駆けていく。
 このまま後宮に向かうと思っていたが、都に入る手前で馬が止まったのは一軒の家の前。
 ここで服を着替え、馬車に乗り換えるという。
 部屋に用意されていたのは、湯の入った桶と手拭い。女物の服だった。

「この恰好だと、後宮には入れないけど」

「後宮には戻りません」

「えっ? でも……」

「別の場所へお連れするようにとの、上からの指示です」

 今回の件を宰相が把握しているのなら、問題はないのだろう。凛月は、一旦思考を放棄した。
 濡らした手拭いで汚れを拭うと、少しさっぱりした。素早く着替えを済ませる。
 隣の部屋に居た浩然も、着替えを済ませ戻ってきた。

「凛月様は、今からは『凛風リンファ』という名の商家のお嬢様です。私は、奉公人の『宇航ユーハン』です」

 そう話す浩然は、商家へ仕える使用人のような恰好をしている。
 眼鏡を掛け、髪型もいつもと全く違う。まるで別人のようだ。

「凛風様、御髪を失礼いたします」

 上品なお嬢様服に着替えると、髪の乱れが顕著に目立つ。
 さすがに今だけは、浩然も躊躇しない。手早く綺麗に髪を纏めてくれた。

かんざしは、私がお預かりします。おしろいはお持ちですね?」

 懐に入れていたおしろいは無事だった。
 きちんと塗り直した凛月は頷く。

「では、参りましょう」

 一息つくことなく、すぐに馬車で出発する。

 後宮でなければ、どこへ向かっているのか。
 そもそも、なぜ子墨が狙われたのか。犯人は誰なのか。
 後宮にいるはずの浩然が、どうして桑園にいたのか。仲間とは……
  
 訊きたいことは山ほどある。しかし、頭が働かない。瞼が重い。
 雨の中を逃げ回り、極度の緊張にさらされた。
 心も体も疲労困憊。馬車の揺れは、容赦なく眠りを誘う。

 凛月は、早々に意識を手放した。

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