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第三章 転機

31. 【閑話】世間知らずの少年宦官、少し世間を知る

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 この日、峰風は朝から不在だった。
 あの毒草摘発の件で、刑部に行っている。
 
 秀英と留守を預かる子墨は、執務室の掃除をしていた。
 下女がいないこの部屋は、これまでお世辞にも綺麗だとは言えなかった。
 峰風や秀英が必要に迫られたときにだけやっていると知り、自ら掃除を申し出る。
 事務処理の仕事は覚え始めたばかりで、まだまだ役には立てない。ならば、今できることで貢献するのみ。
 子墨は張り切って掃除を始める。床を掃き、窓を拭き、雑巾がけもした。
 小ぢんまりとした部屋なので、すぐに終わった。

「子墨くんが来てくれて、本当に助かります。私だけでは、行き届かないことも多くて」

 事務官の秀英は、寡黙な壮年の男性だ。
 平民の出自で、峰風や凛月と同年代の息子と娘がいる。それもあるからか、子墨を見つめる優しいまなざしは父親そのもの。
 穏やかな人柄で、子墨は一緒にいてとても心地良い。

「以前は官女や下女もいたのだけど、長くは続かなくてね。その点、子墨くんは大丈夫そうだ」

「峰風様が女嫌いだから、仕方ないですよね」

「たしかに峰風様は苦手とされているが、公私はきちんと区別される方だ。私に負担が掛からぬよう何人か採用してくださったが、他の官女から嫌がらせを受けるようで皆辞めてしまう」

「なぜ、他の方がそんなことをするのですか?」

「峰風様の近くに別の女子おなごがいるのが、気に入らないのだろう」

「なるほど」

 後宮だけでなく、外廷の官女たちも高位官吏の妻の座を狙っているようだ。
 峰風は見目も良いし、性格も温厚。人気があるのも理解できる。
 
(どこにいても、女同士の争いはあるものね)

 月鈴国でも、華霞国でも、なんら変わりはない。
 しかし、『宦官の子墨』には全く関係のない話。凛月はそう思っていた。


 ◇


「宦官のくせに峰風様の助手だなんて、生意気だわ!」

「そうよ、即刻お辞めなさい!!」

 外の掃き掃除をしていた子墨は、官女たち数名に取り囲まれていた。
 一人歩きはしないようにと言われているが、ここは執務室からはすぐ目と鼻の先。
 部屋の中を綺麗にした勢いで、外回りもついでにと考えた。
 ところが、途端に絡まれてしまった。

「ちょっと、話を聞いているの?」

「…………」

 峰風や宰相からならまだしも、第三者に辞めろと言われて「はい、わかりました」と頷くわけがない。
 彼女たちは、以前浩然が語っていた『宦官を見下す官女』なのだ。真面目に相手をするだけ時間の無駄。
 子墨は気にせず、さっさと掃除を終わらせることにした。
 官女たちは邪魔をするように立ちふさがってくる。
 余程暇なのだろうか。「仕事に戻らなくて、いいのですか?」と、つい余計なことを言いそうになる。
 子墨は、迂回しながら掃除を続けた。

「あなた、峰風様に迷惑をかけている自覚が全くないようね?」

 官女たちの後ろから現れたのは、この中では一番人目を引く美人。ただ、化粧はやや濃い。
 顔に見覚えはあるが、どこで会ったかまでは思い出せない。

「僕が、どのような迷惑をかけていると言うのですか?」

 そんなことを言われたら、子墨としては気になってしまう。

「どうやって取り入ったのかは知らないけど、あなたのせいで峰風様が陰口を叩かれているのよ。『少年宦官を寵愛されている』と」

「それって、『寵愛』ではなく『重用ちょうよう』の聞き間違いだと思いますが?」

 下っ端の宦官が高官に取り立ててもらったのだから、『重用』で合っている。
 きっと、それが気に入らない誰かがありもしないことを言い触らしているのだろう。
 暇な輩がいるものだと、子墨は苦笑する。

「聞き間違いではないわ。あなたはどこへ行くにも同行し、昼餉もいつも一緒。それが誤解を招いていると言っているの!」

「僕は助手ですから、命じられれば同行するのは当然です。それに、どこで昼餉を取ろうと本人の勝手ではありませんか?」
 
 子墨は執務室でしか食事ができない。峰風も同様だ。
 せっかく峰風が昼餉を食べるようになってきたのに、そんなことまで他人にとやかく言われたくはない。
 
「妃嬪付きの宦官なら、後宮内で主だけに寵愛されていなさい! 峰風様からも寵愛を受けているなど、たとえ噂でもこのわたくしが許さ──」

「俺が周りからどう見られようと、あなた達には一切関係のない話だ」

 子墨を庇うように前に出てきたのは峰風だった。
 刑部からの帰り、官女たちに取り囲まれている子墨に気付き駆けつけたのだ。

「子墨、執務室へ戻るぞ」

「はい!」

 掃除道具とゴミを持つと、子墨はそそくさと峰風の後に続く。
 背中に、突き刺さるような視線を感じた。


 ◇


「───ということがあったの。話には聞いていたけど、外廷にもいろんな人がいるのね」

 宮に戻った凛月は、着替えをしながら瑾萱に今日の出来事を語っていた。

「それで、峰風様はその場で否定なさらなかったのですか?」

「否定? 何を?」

「ですから、子墨様を寵愛しているという噂ですよ!」

「峰風様は『くだらない噂を、いちいち気にすることはない』と仰っていたわ。それに、『寵愛』ではなく『重用』の間違いでしょう?」

 なぜ皆聞き違いをするのか?と首をかしげる凛月へ、瑾萱は盛大にため息をついた。

「以前、浩然には叱られましたが、やはり凛月様へお教えする必要があると痛感いたしました」

 そう言うなり、瑾萱は部屋を飛び出して行った……と思ったら、書物を手にすぐに戻ってくる。
 
「凛月様は、もう少し世間一般的な事柄を知るべきです! こちらを読んで、ぜひ見聞を広めてくださいませ!!」

 浩然には絶対に内緒ですよ!と渡されたのは、同性同士の恋愛模様が描かれた物語。
 内容は控えめで、初心者向けです!!とお薦めされた。
 
 こうして、凛月は一つ知識を増やし、少し大人になる。
 瑾萱はその後なぜか所業が露見し、浩然から大目玉を食ったのだった。

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