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第二章 巫女と宦官

27. 一触即発

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 いつまで経っても何の反応も示さない欣怡に、周囲がざわつき始めた。
 泣き崩れることもなく、反論することもなく、言い訳をするわけでもない。ただ黙って貴妃の前に座り続ける妃嬪。
 雹華としては、このままでは振り上げた拳の落としどころが見つからない。
 欣怡は反省の弁を述べず、泣き出すこともない。自ら後宮を出て行くとの言質も、未だ引き出せていない。
 雹華が、ひとりで延々と叱責と嫌味を繰り返していただけ。

 このままでは、貴妃としての立場がない。
 何か良い手立てはないか。雹華は次の策を巡らせる。
 ふと目に留まったのは、欣怡が被っている面紗だった。
 
「……貴妃、それはお止めになったほうが身のためですよ」

 面紗に手をかけようとした雹華を制したのは、梓宸だった。
 冷ややかなまなざしが、真っすぐ射抜いてくる。
 第一皇子のおどろおどろしい迫力に、さすがの雹華も怯んだ。

「母上は、後宮の秩序を乱す者を正しているだけです! 兄上に口出しされるいわれはない!!」

「何も事情を知らぬ半端者が、偉そうに口を挟むな」

 反論した麗孝を、梓宸はまるで虫けらでも見るような目つきでバッサリと切り捨てた。

「『半端者』とは、いくら梓宸殿下といえども少々口が過ぎますわね!」

 自分の子を『間抜け』呼ばわりされ、雹華が色めき立つ。
 気色ばむ母子とは対照的に、梓宸の表情は変わらない。
 一触即発の事態に、おろおろとする者。静かに成り行きを見つめる者。好奇のまなざしを向ける者。
 周囲の反応は様々に分かれた。
  
「私は事実を述べただけですが、お気に障ったのであれば謝罪いたします。しかし、罪なき者へ制裁を加えるのは、たとえ上級妃であろうと許されません」

「どういうことかしら?」

「欣怡妃は、きちんとご自分の務めを果たしておられますよ。あなた方が知らないだけで」

「兄上は、知っているというのか?」

 麗孝の問いかけを無視し、梓宸は皇帝へ向き直る。

「おそれながら、皇帝陛下へ申し上げたき儀がございます」

「……許す」

「ご覧の通り、欣怡妃が謂れのない嫌疑を受けております。何卒、妃の職務の開示をお許しください」

「……劉帆リュウホ、あとは其方に任せる」

「御意」

 指名を受けた宰相は立ち上がると、説明を始める。その顔には、安堵の表情が垣間見えた。
 欣怡の務めは『祭祀で舞を舞うこと』と聞き、すぐさま雹華が声を上げる。

「なぜ、そのような重要なお役目を、新参の妃嬪にさせるのです? わたくしは師範を持っておりますから、ぜひわたくしに!」

「おそれながら、雹華妃には貴妃としての大事な職務がございます。それに、こちらに関しましては美人の職務に該当するかと」

「でしたら、同じ美人の翠蘭スイランが適任です。彼女は、わたくしに次ぐ舞の名手ですから」

「しかし、それは……」

 舞は舞でも、ただの舞ではない。奉納舞だ。
 豊穣神の神託を受けた巫女の凛月が行わなければ、意味がない。
 それを口にできない宰相は、答えに窮する。
 
 奉納舞の祭祀を極秘に敢行し、凛月を表舞台に出さないようにしてきたのは、この雹華がいるからだった。
 雹華は、何事も自分が一番でなければ気が済まない性分だ。
 舞に関しては自負もある。
 欣怡の正体が特別な舞を舞う巫女と知れば、彼女に対し何を仕出かすかわからない。

「舞い手が欣怡妃でなければならない理由を、ぜひ教えていただきたいわ」

 雹華は宰相に詰め寄る。

「そうだわ! 今から欣怡妃に皆の前で舞ってもらいましょう」

 パン!と、乾いた音がした。

「相応の実力を示してもらわなければ、わたくしは到底納得ができません。皆さまも、そう思われるのではなくて?」

 手を叩き周囲の注目を集め、雹華は場の主導権を握る。
 賛同者を集め皇帝へ許可を求める姿に、宰相は小さくため息を吐く。
 たとえ、欣怡がどんなに上手く舞ったとしても、雹華が言いがかりを付けるのは明白だった。
 
「欣怡妃は、どうされるのかしら? 辞退されるのであれば、今のうちですわよ」

 挑戦的な視線を送る貴妃に、新参の妃嬪はどう答えるのか。
 皆が固唾を吞んで見つめる。

「ご命令とあらば、舞わせていただきます」

 欣怡は即答だった。躊躇する様子など、微塵も見られない。
 挑戦を受けて立つ姿に、「おお!」っと周囲から歓声が上がった。

 ここで凛月が受けなければ、さらに面倒なことになっていた。
 宰相は心の中で感謝しつつ、必要な道具がないかを尋ねる。
 返ってきた答えは、「扇を一つと、細長い布を二枚用意してほしい」だった。


 
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