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第二章 巫女と宦官
25. 洗礼
しおりを挟む案内されたのは、凛月たちの場所とは違い広々とした席。
そこに鎮座するのは、派手で豪華な衣装に、頭に歩揺冠や簪がこれでもかと盛られた女性。貴妃の雹華だった。
化粧が濃すぎて、却って薹が立った印象を受ける。
後ろには侍女を数名従え、まるで皇后の貫禄だ。
「欣怡妃、そこにお座りなさい」
凛月を一瞥すると、雹華は顎をしゃくり命令する。
立場上は同じ妃嬪であるはずなのに、まるで女官か下女に対する言動。
瑾萱の頬がヒクッと動いたが、平民の凛月は何も気にならない。
言われるがまま、その場に腰を下ろした。
「あなたは後宮に入内してひと月になるけれど、お茶会に参加しないばかりか妃嬪としての職務も果たしていないそうね?」
欣怡がお茶会に参加していないのは事実だが、妃嬪(巫女)としての務めはきちんと行っている。
まだ、一度だけではあるが。
「他の『美人』に今日の支度も押し付け、素知らぬ顔をしていると聞いております」
「それは……」
わたくしは別の職務を担っておりますので、と言ってしまっていいのだろうか。凛月は迷った。
欣怡が奉納舞を舞っていることは箝口令が敷かれ、立会い人以外は誰も知らない。
宰相へ確認もせずに口にすることが憚れた。
「職務を果たさぬ者に、後宮妃の資格はございません」
雹華は大仰に周囲へ顔を向ける。
「皆さまも、そうお思いになるでしょう?」
貴妃から同意を求められ「わたくしも、そう思いますわ」と同調する者、曖昧に微笑む者。
麗孝は「母上、何もこんな衆目の中で苦言を呈さずとも……」と言いつつ、顔はニヤニヤと下種な笑みを。
宰相と礼部尚書は、揃って困惑の表情を浮かべている。
梓宸はこちらに視線は向けているが、表情は変わらない。
我関せずの態度を貫くのは、皇帝と他の三夫人だった。
ここで、皇帝が欣怡の肩を持つことはできない。
これまで無関心を装ってきた意味がなくなるからだ。
「いつまで経っても体調が優れないのであれば、自ら宿下がりを願い出るのが筋ではなくて?」
(そういうことか……)
凛月は、ここでようやく呼び出された理由に気付いた。これは、雹華による欣怡妃への制裁と周囲への見せしめなのだと。
新参者のくせに挨拶にも来ない。お茶会の誘いも断る。
だから、わざわざ大勢の前で欣怡を吊し上げ、上級妃の立場で叱責する。
欣怡が反論すれば、ここぞとばかりにさらに貶め、もし泣き出せば優しく諭す。
どちらに転んでも、雹華の行動は周囲からは後宮の秩序を守るためと好意的に受け取られる。
雹華が、これまで何人もの妃嬪を後宮から追い出す。もしくは、懐柔し手駒を増やしてきたであろうことは想像に難くない。
さすがは後宮を生き抜いてきた御方だと、凛月はその手腕に感心してしまった。
では、凛月はどう対応すればいいのだろうか。
お茶会に関しては、理由があるにせよ欣怡が礼儀を欠いていることに違いはない。
そこは、謝罪をするべきなのだろう。
しかし、欣怡のためを思っての苦言ならば、このように皆の前で事を大袈裟にする必要はない。
雹華のやり方には非常に悪意を感じる。
そもそも、最初から欣怡を許すつもりもなさそうだ。
(よし、決めた!)
凛月は早々に結論を出した。
ここでの一番良い選択は『何も語らない』こと。つまり、否定も肯定も言い訳もしない。
沈黙を貫けば、秘密も守られる。
面紗で顔が隠れているのを良いことに、凛月は目を閉じる。ただ時が過ぎるのをじっと待つことにした。
欣怡が黙り込んだため、雹華の口調がより強く激しくなる。
しかし、雹華からどんな口撃を受けようとも、凛月にはどこ吹く風だ。
胸が痛むこともなければ、悲しくもならない。
長年、桜綾からの面倒な絡みを受け流してきた経験がここで活かされていた。
───ただ一つ、粽を食べられなかったことだけが心残りだった
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