【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari@七柚カリン

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第二章 巫女と宦官

22. 考察

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 日が落ち、満月の光が舞台を明るく照らす。
 立会い人へ揖礼をした凛月だが、面紗越しで相手の顔はまったく見えていない。四名の人物は、第一皇子と礼部尚書、それぞれの護衛なのだろう。
 誰の前であろうと、自分は全力を尽くすのみ。
 凛月は一度深呼吸をした。

 奉納舞が始まってすぐに、左手の証が光を帯びていることに気付く。
 面紗越しでもわかるくらいだから、立会い人にも見えるかもしれない。
 おしろいは塗ったが痣が濃いため宮にあるものでは隠しきれず、後日、瑾萱が新たなものを探してくる手筈となっている。
 
 立会い人とは距離があるため、今日のところは大丈夫だと油断をしていた。
 途端に嫌な汗が吹き出てくる。羽衣の長い袖を最大限まで伸ばし、必死に証を隠す。
 体の動きに合わせて手のひらを素早く何度も返し、左手の甲をあちら側に向けないよう必死だった。
 
 永遠とも思える時間が終わり、思わず心の中で絶叫する。
 その場にへたりこみそうになるが、最後の力を振り絞り揖礼。そして、優雅に見える動作で足早に退場した。
 『凛月、退場するまで気を抜いてはなりませんよ!』の師の声が、聞こえたような気がした。


 ◇◇◇


 凛月へ声をかけたのは、師ではなく第一皇子だった。
 しばし惚けていた峰風は、梓宸の声に我に返る。
 まるで、常世とこよから現世うつしよへ戻ってきたような心持ちだ。

「天女様は、天界へ戻られてしまったね。とても素晴らしい舞だったから、皇帝陛下に代わって労いの言葉をかけようとしたのだけど……」

「欣怡妃は廟におられますから、わたくしがお供いたしますが?」
 
「いや、止めておく。あれだけの舞を舞ったあとだ。きっと疲れているだろうし」
 
 礼部尚書が随行を申し出たが、梓宸は首を横に振った。
 
「次の『端午節たんごせつ』まで、楽しみはとっておくよ。では、私はこれで失礼する。峰風、行くぞ」

 さっさと歩き出した主のあとに峰風も続くが、足取りは重い。本当は、まだあの場に留まり余韻に浸っていたかった。
 
 少し歩いたところで、梓宸は峰風へ顔を向けた。
 
「おまえは、欣怡妃の舞をどう見た?」

「とても素晴らしい舞だったと思う。それも、にわか仕込みではなく、かなりの名手と見た」

 先ほどまでのぼんやりとした感覚は、徐々に戻ってきている。
 しかし、舞を舞う欣怡の姿はしっかりと峰風の脳裏に刻み込まれた。それだけ、衝撃的な出来事だった。
 これから満月を見上げるたびに、きっと何度も思い出すことだろう。

「私もそう思う。だが、あの舞は私たちがこれまで見てきたものとは一線を画す。満月の下で舞うことを想定したような所作。おそらく……『月鈴国の奉納舞』だろうな」

 月鈴国の奉納舞の話は、峰風も知っている。
 毎月、満月の夜に巫女が豊穣神へ奉納舞を捧げていることを。

「しかし、欣怡妃の出身国は違うだろう?」

「属国の王の遠戚の娘と聞いているが、もしや、元巫女かもしれぬ」

 たまたま手に入れた女性が、月鈴国の元巫女だった。だから、政治の道具として利用した。
 よくある話だと梓宸は笑う。
 そして、それを知った上で華霞国は受け入れたのだと。

「欣怡妃が月鈴国の元巫女かどうかは、顔と左手を確認すればすぐにわかるぞ。噂によれば、豊穣の巫女は、あらゆる植物を掌る豊穣神の化身だそうだ。皆『銀髪に紫目』で、左手の甲に豊穣神から神託を受けた証である『麦の穂』の痣があると」

「では、欣怡妃が宮に引きこもっているのは……」

「周囲へ正体を隠すためだとしたら、どうだ? 今日の祭祀が必要以上に秘されている理由も、欣怡妃が巫女だと知られないためと考えれば納得だ。皇帝陛下がお通りをされないことも……」

 すべては、国で唯一の大事な巫女を守るため。
 女の嫉妬や憎悪ほど恐ろしいものはない。皇帝の寵愛を受けただけで、欣怡が他の後宮妃からどのような目に遭わされるか。
 峰風は、それをやりかねない人物の顔がすぐに思い浮かんだ。
 皇帝はわざと無関心を装うことで、悪意から遠ざけているのだと梓宸は断言した。

「まあ、いつまでも隠し通せないだろうから、いずれは正体を明かして巫女として国に正式に迎えることになるだろう。そして、時機をみて臣下へ下賜されるのが最善策だな」

「おまえの正妃になる可能性もあると思うが?」

「それをすれば、結局今と同じ状況になるぞ。巫女に我が国で生涯安穏に暮らしてもらえば、国の安寧あんねいに繋がる。だから、その夫となる者は、妾を作らない誠実な人物である必要がある。たとえば……峰風、おまえとかな」

「はあ?」

「二人とも同じ宦官を気に入っているのだ。きっと、気が合うぞ」

 ハッハッハ!と高笑いをする主を、峰風は思いきり睨みつけたのだった。

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