【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari@七柚カリン

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第二章 巫女と宦官

16. 食べない理由

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「遅くなったな……」

 依頼を終えた子墨と峰風が足早に執務室へ戻ると、秀英はまだ書類を片付けていた。
 彼を食事に行かせた峰風は、子墨にも食事をするよう伝える。
 
「後宮と外廷を行き来すると、足腰が鍛えられますね。おかげで、お腹が空いてご飯が美味しく食べられそうです」

「それは羨ましいな。俺は、宮廷内で食事をするのは苦手だ。昼餉は食べないことが多い」

「それでは、お腹が空きませんか?」

 子墨が助手となって三日目。峰風が食事をしないことがずっと気になっていた。

「中に何が混入されているかわからないから、安心して食事ができない。あっ、言っておくが毒ではないぞ。俺を毒殺したところで、なんのえきもないからな」

 笑いながら峰風は筆を手に取ると、また仕事を始めた。
 峰風は宦官である子墨に配慮し明言を避けたが、常に媚薬を警戒している。
 これまで、『お茶葉』『食堂での食事』『差し入れの果物や菓子』などなど様々な物に媚薬が混入されていた。
 すべて事前に気付き峰風の口に入ることはなかったが、食欲不振と女性不信になるには十分だった。 
 しかし、周囲に女性しかいない環境で育ってきた凛月は、媚薬自体を知らない。
 峰風は明るく告げたつもりだったが、深刻に捉えてしまう。
 『外廷は魑魅魍魎ちみもうりょううごめく戦場』と評した瑾萱の言葉を思い出していた。
 
 持参した昼餉を取り出した子墨は、竹皮の包みを二つ峰風へ差し出す。お箸付きだ。

「このような物で恐縮ですが、何も食べないのは体によくありません」

「でも、これは君の昼餉だろう?」

 峰風は、子墨が昼餉を持参していることを知っている。
 すべて、宰相の指示であることも。

「包みは三つありますし、中身は今朝、僕が瑾萱さんと一緒につくったものです。ですから、安心してお召し上がりください」

「料理ができるのか?」

「えっと……一応、できます」

 峰風の驚いたような反応に、思わず語尾が小さくなる。
 宦官が料理をするのは、おかしいことなのだろうか。後宮の常識がわからない凛月は戸惑う。 

「見た目はこんなのですが、味は保証します! それに、一人で食べるのは寂しいですから」

 半ば押し付けるように峰風へ渡す。彼に渡すために、今日は三つ持ってきた。
 子墨は残り一つの包みを開ける。中身は肉と野菜を甘辛い味噌で炒めた簡単なおかずだが、ご飯にしっかり味が染みており冷めても美味しく食べられる。
 満面の笑みで食事をしている子墨につられるように、峰風も包みを手に取った。

「これは旨いな」

「お口に合ったなら、よかったです」

「俺も、こうやって家から持ってくればいいのだな」

 飲み物は瓢箪に入れ持参していた峰風だが、食事までは気が回らなかった。
 
「よろしければ、こちらのお茶もどうぞ」

 良いことを知ったと微笑む峰風に、湯呑に注いだお茶を渡す。
 子墨は昼餉と一緒に、瓢箪も二本持参していた。
 腰に下げた瓢箪とは別に、食事中に飲めるようにと瑾萱が用意したもの。口は付けていない。
 喉が渇いていたので、子墨は自分用に注いだ湯呑のお茶を一気に飲み干した。

「この茶葉はかなり良い物だな。もしかして……妃嬪用の物を使用しているのか?」

「!?」

 思わぬ問いかけに、お茶でせた。吹き出さなかった自分を、褒めたいくらいだ。

「ゴホッ……そ、そうですね。でも、使用してもよいと、許可はもらっています」

 峰風へ言い訳をしながら、内心冷や汗が止まらない。
 後宮妃である欣怡と、従者の子墨が同じものを口にするなど、本来は有り得ないことだ。
 凛月は宮で出された食事を残すことは嫌なので、量が多いものはお願いして三人で分け合って食べている。
 しかし、通常は瑾萱や浩然は凛月とは違うものを食べ、違うお茶を飲んでいる。
 

「ハハハ、勘違いをしているようだが別に咎めているわけではない。従者に何を下賜しようと、それは妃嬪の自由だからな」

「そうなのですか」

 峰風が、子墨へ疑いを持った様子はない。
 ホッと安堵しつつ、今後は言動に気を付けようと固く心に誓う。
 子墨と欣怡が同一人物であると、絶対に気付かれてはならないのだから。
 
「大事にされているのだな。朝餉の残り物ではなく、厨房を使用させ昼餉を持たせるとは」

「えっ?」

「従者は、主によって境遇が大きく変わる。だから、少し安心した」

 何気ない言葉に、峰風が子墨の身を案じていたことに気付く。
 峰風は子墨が料理をしたことに驚いたのではなく、欣怡が厨房の使用を許可し、わざわざ子墨のための昼餉を作らせたことに驚いたのだった。
 
「皆様には、本当によくしてもらっています。有り難いことです」

 宰相、瑾萱や浩然、もちろん峰風へも。感謝の気持ちでいっぱいだ。
 同時に、正体を隠しているせいで峰風に不要な心配をさせてしまったことを申し訳なく思った。


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