16 / 81
第二章 巫女と宦官
16. 食べない理由
しおりを挟む「遅くなったな……」
依頼を終えた子墨と峰風が足早に執務室へ戻ると、秀英はまだ書類を片付けていた。
彼を食事に行かせた峰風は、子墨にも食事をするよう伝える。
「後宮と外廷を行き来すると、足腰が鍛えられますね。おかげで、お腹が空いてご飯が美味しく食べられそうです」
「それは羨ましいな。俺は、宮廷内で食事をするのは苦手だ。昼餉は食べないことが多い」
「それでは、お腹が空きませんか?」
子墨が助手となって三日目。峰風が食事をしないことがずっと気になっていた。
「中に何が混入されているかわからないから、安心して食事ができない。あっ、言っておくが毒ではないぞ。俺を毒殺したところで、なんの益もないからな」
笑いながら峰風は筆を手に取ると、また仕事を始めた。
峰風は宦官である子墨に配慮し明言を避けたが、常に媚薬を警戒している。
これまで、『お茶葉』『食堂での食事』『差し入れの果物や菓子』などなど様々な物に媚薬が混入されていた。
すべて事前に気付き峰風の口に入ることはなかったが、食欲不振と女性不信になるには十分だった。
しかし、周囲に女性しかいない環境で育ってきた凛月は、媚薬自体を知らない。
峰風は明るく告げたつもりだったが、深刻に捉えてしまう。
『外廷は魑魅魍魎が蠢く戦場』と評した瑾萱の言葉を思い出していた。
持参した昼餉を取り出した子墨は、竹皮の包みを二つ峰風へ差し出す。お箸付きだ。
「このような物で恐縮ですが、何も食べないのは体によくありません」
「でも、これは君の昼餉だろう?」
峰風は、子墨が昼餉を持参していることを知っている。
すべて、宰相の指示であることも。
「包みは三つありますし、中身は今朝、僕が瑾萱さんと一緒につくったものです。ですから、安心してお召し上がりください」
「料理ができるのか?」
「えっと……一応、できます」
峰風の驚いたような反応に、思わず語尾が小さくなる。
宦官が料理をするのは、おかしいことなのだろうか。後宮の常識がわからない凛月は戸惑う。
「見た目はこんなのですが、味は保証します! それに、一人で食べるのは寂しいですから」
半ば押し付けるように峰風へ渡す。彼に渡すために、今日は三つ持ってきた。
子墨は残り一つの包みを開ける。中身は肉と野菜を甘辛い味噌で炒めた簡単なおかずだが、ご飯にしっかり味が染みており冷めても美味しく食べられる。
満面の笑みで食事をしている子墨につられるように、峰風も包みを手に取った。
「これは旨いな」
「お口に合ったなら、よかったです」
「俺も、こうやって家から持ってくればいいのだな」
飲み物は瓢箪に入れ持参していた峰風だが、食事までは気が回らなかった。
「よろしければ、こちらのお茶もどうぞ」
良いことを知ったと微笑む峰風に、湯呑に注いだお茶を渡す。
子墨は昼餉と一緒に、瓢箪も二本持参していた。
腰に下げた瓢箪とは別に、食事中に飲めるようにと瑾萱が用意したもの。口は付けていない。
喉が渇いていたので、子墨は自分用に注いだ湯呑のお茶を一気に飲み干した。
「この茶葉はかなり良い物だな。もしかして……妃嬪用の物を使用しているのか?」
「!?」
思わぬ問いかけに、お茶で噎せた。吹き出さなかった自分を、褒めたいくらいだ。
「ゴホッ……そ、そうですね。でも、使用してもよいと、許可はもらっています」
峰風へ言い訳をしながら、内心冷や汗が止まらない。
後宮妃である欣怡と、従者の子墨が同じものを口にするなど、本来は有り得ないことだ。
凛月は宮で出された食事を残すことは嫌なので、量が多いものはお願いして三人で分け合って食べている。
しかし、通常は瑾萱や浩然は凛月とは違うものを食べ、違うお茶を飲んでいる。
「ハハハ、勘違いをしているようだが別に咎めているわけではない。従者に何を下賜しようと、それは妃嬪の自由だからな」
「そうなのですか」
峰風が、子墨へ疑いを持った様子はない。
ホッと安堵しつつ、今後は言動に気を付けようと固く心に誓う。
子墨と欣怡が同一人物であると、絶対に気付かれてはならないのだから。
「大事にされているのだな。朝餉の残り物ではなく、厨房を使用させ昼餉を持たせるとは」
「えっ?」
「従者は、主によって境遇が大きく変わる。だから、少し安心した」
何気ない言葉に、峰風が子墨の身を案じていたことに気付く。
峰風は子墨が料理をしたことに驚いたのではなく、欣怡が厨房の使用を許可し、わざわざ子墨のための昼餉を作らせたことに驚いたのだった。
「皆様には、本当によくしてもらっています。有り難いことです」
宰相、瑾萱や浩然、もちろん峰風へも。感謝の気持ちでいっぱいだ。
同時に、正体を隠しているせいで峰風に不要な心配をさせてしまったことを申し訳なく思った。
27
お気に入りに追加
562
あなたにおすすめの小説
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞 奨励賞をいただきました!
応援ありがとうございました!
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~
山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝
大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する!
「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」
今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。
苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。
守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。
そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。
ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。
「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」
「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」
3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。
【完結】花が結んだあやかしとの縁
mazecco
キャラ文芸
【第5回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞作】
◇◇◇棲みついたあやかしは、ひたすらに私を甘やかす◇◇◇
アラサー独身女性の花雫は退屈な人生を送っていた。そんな彼女の前に突然現れた、青年の姿をした美しいあやかし。彼はなかば強引に彼女の住むボロアパートに棲みついた。そのあやかしと過ごす時間は思っていたより心地よく、彼女の心を満たしていく。究極にめんどくさがりのこじらせアラサー干物女、花のあやかし、少年のあやかしの3人がおくる日常物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる