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第二章 巫女と宦官
12. 少年宦官
しおりを挟む姿見に映っているのは、官服に身を包んだ子墨の姿。
これまでは自分で適当に束ねていた髪も、瑾萱の手によって綺麗に一つに纏められている。
「凜月様、とっても凛々しいお姿です!」
「ありがとう。これも、瑾萱と浩然のおかげね」
童顔の凜月は、実年齢よりも下に見られることが多い。
そこで、周囲に侮られてしまうことを危惧した二人が作戦を考えた。
子墨が少しでも大人っぽく見えるよう瑾萱は薄化粧を施し、浩然は履けば多少背が高くなる沓をどこからか調達してきたのだ。
左手の証も、おしろいを塗ってごまかしてある。
「凜月様、外廷は魑魅魍魎が蠢く戦場です。くれぐれも一人歩きはなさいませんよう、常に峰風様と行動を共にしてください」
「フフッ、瑾萱は心配性なんだから」
珍しく、瑾萱が真面目な顔で話をしている。それが可笑しくて堪らない。
凜月は宰相からも、同じようなことを繰り返し言われていた。
「笑い事ではございません。残念ながら、外廷には宦官を見下す官吏や官女が少なからずおります。あなたさまは、大切な御役目を担う巫女様なのです。何を措いても、御身を大事に」
今日は、浩然までもがピリピリしていた。
瑾萱と違い官職を賜っている浩然は、内廷と外廷を自由に行き来できる。事情もよく知っている。
子墨の護衛として一日中張付くと浩然は言った。それを、「(欣怡妃付きの護衛官なのに)子墨に付くのはおかしい!」と凜月はどうにか説得したのだった。
「大丈夫。『一人歩きはしない』、『行動するなら、峰風様と一緒』。あとは……」
「峰風様から許可が下りたものだけ、お召し上がりください。確認が取れていないものは、たとえ水でも口にしてはなりません」
「だから、私は持参したものだけを食べれば問題ないわね」
鞄の中には、朝、瑾萱と一緒に作った昼餉が入っている。
これまでは、尚食局で作られた食事を宮で食べていた。
しかし、外廷へ出仕する日の昼餉だけ、食材をもらい宮の厨房で調理し持って行くことにしたのだ。
竹の皮にごはんとおかずを一緒に包んだだけの簡単なものだが、凜月はお昼に食べるのを今からとても楽しみにしている。
◇
「この門を通り抜けると、外廷となります」
守衛する宦官に聞こえぬよう小声で囁いた浩然に小さく頷き、子墨は建物内に足を踏み入れる。
門とはいっても、実際は屋根付き壁ありの立派な建造物だ。
室内には卓子や椅子が置かれ、許可を取れば、後宮で働く女官らがこの場所で家族や知人らと面会することも可能となっている。
欣怡妃として入内したときに一度は通っているはずなのだが、被っていた布で視界を遮られよく覚えていない。
通り抜けた先にあったのは、無数の大きな建物と、道を行き交う人々の姿だった。
「わあ……男の人が大勢いる!」
月鈴国では巫女見習いたち、華霞国では女官が多い後宮に慣れている凜月にとって、男性の文官・武官が多く闊歩する光景は見ていて不思議な感覚を覚える。
「子墨、声が大きいですよ」
「申し訳ありません。つい、興奮しました」
表向きは、新人の子墨より浩然のほうが立場が上になる。
凜月は、彼の後ろを静かについて行く。
峰風に連れられ初めて宮廷に来たときは後ろに隠れるようにして歩いていたため、周囲の景色がまったく目に入っていなかった。
キョロキョロと辺りを見回したい衝動を、グッと堪える。
ある建物の前に、峰風が立っていた。
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