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第一章 巫女見習い、追放される
1. 凛月の秘密
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大陸の中央に位置する国、月鈴国。
その宮殿の一角に、巫女見習いたちが暮らしている。
「今朝も、良い天気だな……」
都にある宮殿内の庭園で、巫女見習いの凜月は空を見上げる。
今日も、朝から庭師に交じって水やりをしていた。
寒い季節が過ぎ去り、暖かい日が続いている。庭師たちが丹精込めて育てている花の育ちが良い。
眺めているだけで心が和んだ。
「この子たちは、そろそろ花が咲きそうね」
「あと、二,三日くらいでしょうか。ところで凛月様、そろそろ舞の稽古の時間ではございませんか?」
「まだ、大丈夫。お師匠様がいらっしゃる前に稽古場へ行けば、問題なし!」
う~んと大きく伸びをすると、つい欠伸が出た。
師に見つかれば「巫女見習いともあろう者が、人前ではしたない!」と大目玉を食う行動。
さっと口を押さえ、凛月は水やりを続けた。
巫女見習いたちの仕事は、ただ一つ。
国内各地へ出向き、満月の夜に奉納舞を捧げ五穀豊穣を祈念すること。
彼女たちの中から一人だけ選ばれる『豊穣の巫女』は、あらゆる植物を掌る豊穣神の化身と言われており、年に一度の中秋節の日には、皇帝陛下の御前で特別な舞を披露する栄誉に与るのだ。
「凛月様、『噂をすれば影が差す』といいますよ。ほら、そんなことを仰っていると」
庭師が、庭園の入口へ視線を向ける。
「凛月様! 嶺依様がお呼びでございます!!」
師の従者が、慌てた様子で駆け込んできた。
◇
しゃりんしゃりんと鈴の音を響かせながら、幼い巫女見習いたちが真剣に舞を舞っている。
裾の長い細身の裳に背丈の倍はある領巾を肩から左右に垂らす姿は、いつ見ても愛らしい。凜月は、つい目を細めて眺めてしまう。
凛月も舞の稽古をしているが、幼い巫女見習いたちとは異なる舞だ。
領巾は身に着けておらず、全身は黒装束。手には模造刀。
これは豊穣の巫女が中秋節の日に舞う特別な舞の一つ、剣舞である。
「凜月、動きが止まっていますよ!」
振り返ると、険しい表情の『元豊穣の巫女』の姿が。師である嶺依だ。
今朝、散々叱られたばかりなのに、二度もお説教をされてはかなわない。
「そんなことでは、今年の中秋節の奉納舞を任せることはできませんわね」
「申し訳ございません。しかし、わたくしが次の豊穣の巫女に選ばれることはないと思いますが?」
これは謙遜ではなく、凛月の本音だ。
月鈴国の巫女見習いたちは皆、銀髪に菫色の瞳をした美しい容姿。そして、左手の甲に豊穣神から神託を受けた証である麦の穂を象ったような痣がある。
しかし、凛月だけは違う。左手に証はあるが、唯一『黒髪・黒目』の巫女見習いなのだ。
「何を言っているのです。あなただって満月の夜には……ですから、皆と変わりはありません!」
なんとも強引な師の理屈に思わず苦笑する。
嶺依が言葉を濁したのは、これ以上は皆の前ではできない話だから。
凜月は、周囲に秘密にしていることが二つある。
一つは、ある日突然見た目が変化したこと。
先日の満月の日の夜更け、左手に違和感を覚えた凛月は目を覚ました。
手を触ってみるが、特に痛みは感じない。どうやら、気のせいだったようだ。
喉が渇いたので、水を飲もうと起き上がる。月明かりに照らされた白い髪が見えた。
急いで灯りをつけ鏡をのぞき込むと、見知らぬ『銀髪・紫目』の女性と目が合う。
凛月だった。
これは夢だと頬を抓ってみたが痛い。目もすっかり覚めた。
寝る前はたしかに黒髪・黒目だったはずなのに、意味がわからない。
皆と同じ姿になったと喜ぶよりも、凜月は事態が飲み込めず慌てた。
これからどうしようと部屋の中をぐるぐると歩き回り、何気なく満月を見上げる。
月明かりの眩しさに手をかざすと───左手の『証』が光を帯びていた。
翌朝、凛月は目を覚ます。知らないうちに眠ってしまっていた。
恐る恐る鏡で顔を確認すると、姿は元に戻っている。手の証も前と変化はない。
昨夜起きた出来事をすぐに嶺依へ報告したところ、口外することを禁じられた。
原因を探るために宮殿の書庫で昔の文献などを調べたが、結局何もわからず終い。
あれから数日が経過したが、姿は一度も変化していない。この件を知っているのは師匠の嶺依のみで、他の者には秘匿したまま。
嶺依は「豊穣神様の思し召し」と言った。巫女としての本来の力が覚醒しつつあるのだと。
いずれにせよ、見目が変化するなど常人の域を超えていることは確か。
来月の満月の日はどうなるのか、凜月は今から戦々恐々としていた。
もう一つの秘密は、八歳の頃に『証』と同時に発現したある能力。これは、嶺依にも内緒にしているものだ。
巫女見習いになった者は皆が持っていると凛月は思っていた。そうではないと気付いたのは、成長してから。
それから十年。誰に打ち明けることもなく、現在に至っている。
「そもそも、神託に髪色など関係ありません! 重要なのは、巫女としての力が強いかどうかですから」
先月、『現豊穣の巫女』の力が弱まったと発表があった。それにより、新たな巫女が神託により選出されることが決まる。
「いつ神託が下りてもいいように、凜月は真面目に舞の稽古をすること!」
「……はい」
嶺依は、端から凜月が次の巫女に選ばれるものと決めつけている。姿が変化してからは、その傾向がより強くなった。
しかし、凜月はそうは思わない。
歴代の豊穣の巫女は、嶺依も含め皆が『銀髪・紫目』の容姿をしていた。これまで神託を受けた人物で銀髪・紫目以外の人物など、凜月だけだ。
少しだけしかその姿になれない凜月が万が一にでも巫女に選ばれてしまったら、やっかい事しか起こらない。
なぜなら───
稽古場に、ある人物が現れた。
その宮殿の一角に、巫女見習いたちが暮らしている。
「今朝も、良い天気だな……」
都にある宮殿内の庭園で、巫女見習いの凜月は空を見上げる。
今日も、朝から庭師に交じって水やりをしていた。
寒い季節が過ぎ去り、暖かい日が続いている。庭師たちが丹精込めて育てている花の育ちが良い。
眺めているだけで心が和んだ。
「この子たちは、そろそろ花が咲きそうね」
「あと、二,三日くらいでしょうか。ところで凛月様、そろそろ舞の稽古の時間ではございませんか?」
「まだ、大丈夫。お師匠様がいらっしゃる前に稽古場へ行けば、問題なし!」
う~んと大きく伸びをすると、つい欠伸が出た。
師に見つかれば「巫女見習いともあろう者が、人前ではしたない!」と大目玉を食う行動。
さっと口を押さえ、凛月は水やりを続けた。
巫女見習いたちの仕事は、ただ一つ。
国内各地へ出向き、満月の夜に奉納舞を捧げ五穀豊穣を祈念すること。
彼女たちの中から一人だけ選ばれる『豊穣の巫女』は、あらゆる植物を掌る豊穣神の化身と言われており、年に一度の中秋節の日には、皇帝陛下の御前で特別な舞を披露する栄誉に与るのだ。
「凛月様、『噂をすれば影が差す』といいますよ。ほら、そんなことを仰っていると」
庭師が、庭園の入口へ視線を向ける。
「凛月様! 嶺依様がお呼びでございます!!」
師の従者が、慌てた様子で駆け込んできた。
◇
しゃりんしゃりんと鈴の音を響かせながら、幼い巫女見習いたちが真剣に舞を舞っている。
裾の長い細身の裳に背丈の倍はある領巾を肩から左右に垂らす姿は、いつ見ても愛らしい。凜月は、つい目を細めて眺めてしまう。
凛月も舞の稽古をしているが、幼い巫女見習いたちとは異なる舞だ。
領巾は身に着けておらず、全身は黒装束。手には模造刀。
これは豊穣の巫女が中秋節の日に舞う特別な舞の一つ、剣舞である。
「凜月、動きが止まっていますよ!」
振り返ると、険しい表情の『元豊穣の巫女』の姿が。師である嶺依だ。
今朝、散々叱られたばかりなのに、二度もお説教をされてはかなわない。
「そんなことでは、今年の中秋節の奉納舞を任せることはできませんわね」
「申し訳ございません。しかし、わたくしが次の豊穣の巫女に選ばれることはないと思いますが?」
これは謙遜ではなく、凛月の本音だ。
月鈴国の巫女見習いたちは皆、銀髪に菫色の瞳をした美しい容姿。そして、左手の甲に豊穣神から神託を受けた証である麦の穂を象ったような痣がある。
しかし、凛月だけは違う。左手に証はあるが、唯一『黒髪・黒目』の巫女見習いなのだ。
「何を言っているのです。あなただって満月の夜には……ですから、皆と変わりはありません!」
なんとも強引な師の理屈に思わず苦笑する。
嶺依が言葉を濁したのは、これ以上は皆の前ではできない話だから。
凜月は、周囲に秘密にしていることが二つある。
一つは、ある日突然見た目が変化したこと。
先日の満月の日の夜更け、左手に違和感を覚えた凛月は目を覚ました。
手を触ってみるが、特に痛みは感じない。どうやら、気のせいだったようだ。
喉が渇いたので、水を飲もうと起き上がる。月明かりに照らされた白い髪が見えた。
急いで灯りをつけ鏡をのぞき込むと、見知らぬ『銀髪・紫目』の女性と目が合う。
凛月だった。
これは夢だと頬を抓ってみたが痛い。目もすっかり覚めた。
寝る前はたしかに黒髪・黒目だったはずなのに、意味がわからない。
皆と同じ姿になったと喜ぶよりも、凜月は事態が飲み込めず慌てた。
これからどうしようと部屋の中をぐるぐると歩き回り、何気なく満月を見上げる。
月明かりの眩しさに手をかざすと───左手の『証』が光を帯びていた。
翌朝、凛月は目を覚ます。知らないうちに眠ってしまっていた。
恐る恐る鏡で顔を確認すると、姿は元に戻っている。手の証も前と変化はない。
昨夜起きた出来事をすぐに嶺依へ報告したところ、口外することを禁じられた。
原因を探るために宮殿の書庫で昔の文献などを調べたが、結局何もわからず終い。
あれから数日が経過したが、姿は一度も変化していない。この件を知っているのは師匠の嶺依のみで、他の者には秘匿したまま。
嶺依は「豊穣神様の思し召し」と言った。巫女としての本来の力が覚醒しつつあるのだと。
いずれにせよ、見目が変化するなど常人の域を超えていることは確か。
来月の満月の日はどうなるのか、凜月は今から戦々恐々としていた。
もう一つの秘密は、八歳の頃に『証』と同時に発現したある能力。これは、嶺依にも内緒にしているものだ。
巫女見習いになった者は皆が持っていると凛月は思っていた。そうではないと気付いたのは、成長してから。
それから十年。誰に打ち明けることもなく、現在に至っている。
「そもそも、神託に髪色など関係ありません! 重要なのは、巫女としての力が強いかどうかですから」
先月、『現豊穣の巫女』の力が弱まったと発表があった。それにより、新たな巫女が神託により選出されることが決まる。
「いつ神託が下りてもいいように、凜月は真面目に舞の稽古をすること!」
「……はい」
嶺依は、端から凜月が次の巫女に選ばれるものと決めつけている。姿が変化してからは、その傾向がより強くなった。
しかし、凜月はそうは思わない。
歴代の豊穣の巫女は、嶺依も含め皆が『銀髪・紫目』の容姿をしていた。これまで神託を受けた人物で銀髪・紫目以外の人物など、凜月だけだ。
少しだけしかその姿になれない凜月が万が一にでも巫女に選ばれてしまったら、やっかい事しか起こらない。
なぜなら───
稽古場に、ある人物が現れた。
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