33 / 39
第33話 記憶の片鱗
しおりを挟む話し合いが終わった頃には、もうすっかり日が暮れていた。もちろん、ケルン行きの辻馬車はない。
私はエルシア様のご厚意で、今夜一晩アストニア家の別邸でお世話になることになった。
こうなることを見越していたのか、すでに父と兄へは連絡済で、私の荷物は別邸で預かっていると告げられる。
行きと同じように、ヒース様の馬車に乗せてもらった……ところまでは記憶があった。
◇
目を開けると、外が明るい。もうすでに、朝になっているようだ。
自室でも宿屋でもない、見慣れない天井が見えた。
(ここは……どこ?)
「おはようございます、ルミエラ様。ご気分はいかがですか?」
「テレサさん……」
寝ぼけていた私だったが、瞬時に昨日の出来事を思い出す。
「もしかして、私は馬車のなかで……」
「ええ、あんなことがあったのですからお疲れになって当然ですよ。坊ちゃまが、起こすのは可哀想だからと仰って……」
「も、申し訳ありません! 皆さまに、大変ご迷惑をおかけしました!!」
別荘から別邸まではそれほど距離は離れていないと聞いていたので、馬車が動き出してすぐに寝てしまったようだ。
全く起きない私を、アストニア家の従僕の方が運んでくださったのだろう。
(子供じゃあるまいし、恥ずかしいよ……)
「いいえ、ルミエラ様。迷惑どころか坊ちゃまのあんな姿が拝見できましたので、こちらがお礼を申し上げたいくらいです」
「?」
「余程、他の者には触れさせたくなかったのでしょうね……ふふふ。さて、エルシア様が『ぜひ、朝食を一緒に』と仰っておりますので、急いで準備をいたしましょう」
嬉しそうに微笑んでいるテレサさんに急かされるように、私は自分の私服に着替える。
寝ぐせでボサボサだった髪はテレサさんが綺麗にまとめてくれたので、エルシア様に失礼のない恰好にはなっていると思う。
朝食会場は外ということで庭園に案内された私は、中央にある大きな噴水に目を留めた。
あれ? この噴水、見覚えがあるような……と思ったところで、ふっと脳裏にある光景が一瞬だけ浮かんだ。
「あの、今日はありがとう!」
緑髪の男の子が、私へ笑いかけている。
彼の後ろに、青い屋根のお屋敷と噴水が見えた。
私は、思わず後ろを振り返った。
(!?)
「ルミエラ様、どうかされましたか?」
ハッと気づくと、テレサさんが私を心配そうに見つめていた。
「……いいえ、何でもありません」
◇
噴水側にあるガゼボには、エルシア様とヒース様がいらっしゃった。
まずは、何をおいても御礼を言わなければならない。
「この度は、アストニア侯爵夫人様とご子息様には大変お世話になりました。ありがとうございました」
「ルミエラさん、今回のことはどうかお気になさらないで。わたくしが領内の大事なお客様をお守りすることは、領主の妻として当然の務めですから」
「母の言う通り、君が気に病む必要はない」
優しい言葉をかけてくださるお二人に、ふっと肩の荷が下りる。
「それに、うふふ……ヒースの成長した姿を見ることができたのよ。こちらこそ、あなたへお礼を申し上げたいくらいだわ」
「「?」」
先ほどテレサさんも同じようなことを言っていたが、どういうことなのだろう。
エルシア様の言葉に、私だけでなくヒース様も首をかしげた。
「それより……『アストニア侯爵夫人』だなんて、他人行儀で寂しいわ。わたくしのことは『エルシア』と呼んでくださらない? それにヒースだって、ふふふ……いつものように名で呼んでもらいたいわよね?」
「……母上、あなたはいつも一言余計です」
「あらあら、それはごめんなさいね……」
扇子で口元を隠したエルシア様は、とても楽しそうだ。
眉間に皺を寄せ険しい顔をしている息子をからかうような仕草はとても可愛らしく、まるで、姉と弟のようにも見える。
「ところで、ルミエラさんはいつ王都へお戻りになるの?」
「予定では、今日家族と共に帰るはずでした」
今朝、従者の方から受け取った手紙によると、父と兄は『仕事の都合で、今日の午前中にはケルンを発つ』と書いてあった。
つまり、私は二人に置いていかれたのだ。
「こちらのラックから王都行きの馬車があれば、そちらに乗って帰ります」
「まあ、女性のあなたがお一人で辻馬車に乗られるの? それは心配だわ……」
「兄の服を借りておりますので、帽子と合わせて変装をすれば大丈夫です」
学園でも、墓穴を掘らなければシンシア様やカナリア様にもバレなかったはずなのだ。
私は自信をもって答えたが、エルシア様は首を横に振られた。
「……ヒース」
「はい、母上。わかっております」
エルシア様からの問いかけに頷いたヒース様は、私を見る。
「俺が、君を王都まで送る」
「えっ?」
「そうね、それが一番安心だわ」
戸惑っている私に、ヒース様は言葉を続ける。
「帰りの道中で、君が言っていた話ができれば……と」
ヒース様へ前世の記憶のことを打ち明けるために、時間が欲しいとお願いをしたのは私だ。
王都へ戻ってからわざわざ予定を空けてもらうよりも、迷惑にならないとは思うが……
「ご領地でのお仕事は、よろしいのでしょうか?」
「ヒースは予定があり、もともと今日王都へ戻るつもりだったの。だから、ルミエラさんは遠慮しなくてもいいのよ」
エルシア様はにっこりと微笑み、ヒース様は「そういうことだ」と同意を示した。
◇
朝食を頂いたあとは、すぐに帰り支度を始める。
荷物といっても一人分しかなく、鞄一つの身軽なものだが。
エルシア様へご挨拶にいくと、「今度は王都で、夫も交えて夕食でも……」と誘われてしまった。
今回、アストニア侯爵様は王都で職務があり、こちらには同行されていなかったのだ。
気さくなエルシア様を前にしたときでさえ緊張で朝食があまり喉を通らなかったのに、その上侯爵様までいらっしゃれば、落ち着いて食事などできないだろう。
母からの提案にヒース様がまた渋い顔をしていたので、彼が説得してくれることに期待したい。
◇
「途中で、寄りたい場所がある」
動き出した馬車の中でヒース様がそう言い、お屋敷を出て程なくしてすぐに馬車が停止する。
ヒース様にエスコートされて降り立つと、そこは周囲に畑が広がる長閑な場所だった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる